アジの南蛮漬けとカレーうどん
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東京都渋谷区神宮前3丁目のワタリウム美術館で「クマグスの森展」を開催しています。職場の近くなのでいつでも行けると油断していたら、会期は2月3日まで。残り4日になったのであせって見に行きました。熊楠は、故・鶴見和子先生から紹介していただき先生の著書『南方熊楠 -地球志向の比較学-』講談社学術文庫も読みました。伝記としては、水木しげる著『猫楠 南方熊楠の生涯』角川文庫ソフィアがおもしろいと思います。今回の展示会は、これらの本で得た知識を再確認することができましたが、今まで知らなかったこともたくさんありました。知の巨人、南方熊楠は1冊や2冊の本、1回や2回の展示では語り尽くせないことは重々わかっているつもりでしたが、あまりに広大な業績に改めておどろきました。それに、何より現物で見られておもしろかったものもあります。昭和天皇に標本をあげたときに入れたのと同じキャラメル箱とか、少年時代に描いた図鑑とか「うぅ~ん、これかぁ~」とうなっておりました。
慶応三年(1867年)に生まれた熊楠は江戸末期~明治~大正~昭和と激動の日本の荒波の中で、ひたすら自己の関心を追い求めた希有な科学者でした。もっとも「科学者」というくくり方さえも、彼のスケールの前ではふさわしくないかもしれません。とにかく、異能・偉才の人物です。ワタリウム美術館の展示は小規模ですが、驚くべき関心の広がりと内面の深さ、透徹した思想家でもあり、運動家でもある一端が読み取れる展示になっていました。熊楠を語るときに「思想家」であることと「地球規模での比較を学問の方法としたこと」が大事なポイントなのだと思います。彼が子ども(8歳とか13歳とか)の頃に描いた絵にびっくりしました。東海山士の『東洋の佳人』という本を読み、世界の抑圧された民への関心を持ったことなども興味深いことでした。科学がこういった哲学を持つことの大切さもあらためて考えました。
でも、やっぱりおもしろいのは、標本類の山と日記から読み取れる日常生活。とにかく、ひたすらフィールドワークをして、顕微鏡で観察し、描き、記録することを延々と続けている。かと思うと、当時の著名な宗教家、民俗学者、植物学者との交流を示す手紙やハガキもすごく面白い。とにかく、ものすごくパワフルで、いろんな才能の豊かな人だったのでしょう。彼の生まれ、過ごした和歌山、特に田辺を訪ねてみたくなりました。
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2008年1月30日(水)に川崎市主催の「かわさき農業フォーラム」がありました。生産者、消費者、市長、会場をまじえてのパネルディスカッションを行い、これからの川崎の農業について話し合ったとのこと。私は参加できなかったのですが、大学1年生の娘がパネリストの1人として出席し、川崎市の農業について考えを述べて来たとのこと。
意外とうまく話せたという話の内容はともかく(笑)、おみやげにいただいたイチゴは絶品でした。川崎市宮前区にある小泉農園が水耕栽培で作った「わがままいちご」。大きさは6センチを優に超え、重量42グラム、強い香りと、砂糖をかけたような甘さ、酸味はほとんどありません。とても、おいしくいただきました。ごちそうさま。
気になる値段ですが、webで探したら1箱2000円でした。スーパーで見かけたとしても、ため息をつきながら、見送ったことでしょう。それだけの価値はあるのですが。
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1月28日は麻生不動のだるま市。「関東おさめの不動」と呼ばれ、関東地方を巡回してきた「だるま市」の最後を飾るイベントだそうです。たくさんの人がやって来て、ふだんは人通りの少ない道が繁華街化し、歩くのも大変なくらいににぎわいます。
境内にはだるまを売る人買いに来た人の山。大きいのを買うと、火打ち石をきって「ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨイヨイ!」とかけ声をかけてくれます。うちで買ったのは1個500円の一番小さいのだからか、してもらえませんでした。
お不動さまは火の明王さまなので、火よけおお札も買って、台所に貼り付けます。火箸など、火にいわれのあるものも売っています。火箸などは、今は、買う人も少ないのでしょうが。昔は、農機具などを買って春の野良仕事の備えをする場所でもあったらしいのですが、最近は食べ物系の露天が圧倒的多数派。娯楽も少なかった時代は、宗教行事に名を借りた楽しみだったのでしょう。今でも、小学生や中学生~高校生までが連れだってやって来ています。
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湯島天神のすぐ隣に不忍池がある。昔はカモがたくさんいた。カモにエサをやる人が多かったので、カモが集まって来たのだ。人がエサを与えるとオナガガモが増えるという説があった。なぜか、給餌している所でオナガガモが多かったのだ。20年ぐらい前の不忍池のオナガガモの異常な密度は有名で、通るときはカモの頭を踏んづけないように気をつけなければならなかった。と、言うのは半分冗談だが、半分ぐらいほんとうだ。大きな網を持って行けば、カモ鍋の材料を調達できたかもしれない。それぐらいたくさんいた。
ところが最近はカモが激減しているという。特にオナガガモがいなくなった、と先日多摩川でバードウォッチヤーから聞いた。にわかに信じられなくて、湯島天神にお参りに行ったついでに立ち寄った。
ほんとうだった。ほんとうに、オナガガモは探さないと見つからない。他のカモモ決して多くはない。あれほどたくさんいたカモはどこに行ってしまったのだろう。「カモにエサを与えないでください」という旨の看板が何枚かあった。給餌する人がいなくなってカモが来なくなったのだろうか? そればかりが原因ではないような気がする。先日の多摩川といい、不忍池といい、何かわからないが、変わったことが起きているのかもしれない。
写真左:やっと見つけたオナガガモ。池全体で100羽は絶対にいそうにない。どこに行ってしまったのか?
写真中:ユリカモメ。東京都の鳥で、昔は「都鳥」とも呼ばれた。給餌すると、ユリカモメが増える。ちなみに、「イリエカモメ(入り江鴎)」が縮んで「ユリカモメ」になっと、との説を聞いたことがあるが、真偽はわからない。
写真右:「エサやり禁止」の看板
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木彫りのウソ(鳥の名前)を買い求めるために、湯島天神に行った。地下鉄湯島の駅から歩いて3分。
人は、生きている限り知らず知らずのうちにウソをついている。その罪を天神様の功徳で、誠に替えるというのがウソ替え神事の由来だとある。鳥の「鷽(ウソ)」と「嘘(うそ)」をかけただじゃれのようでおかしい。神様もオヤジモだじゃれが好きだということか。
東京では亀戸天神が有名だが、亀戸の木彫りウソは少し洗練され過ぎているような気がする。湯島の天神様のウソはやや素朴な味わいがあるように思う。好みの問題なのだろうが。
受験シーズンの季節柄、合格祈願の絵馬が多い。「東大に入れますように」などという絵馬もある。東大は近所だからね。
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1月26日(土)は横浜市戸塚区にある舞岡公園で会議。広い公園の一角に田んぼや畑、炭焼き窯、古民家などがあり、その場の管理・運営を市民でやっている。正式名称は「舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会」というが、堅苦しいので愛称を「やとひと未来」とつけている。私は、その団体の評議員という役目をおおせつかっているが、年に2回ぐらい会議に出て、言いたい放題を言っているだけのような気がして、大変に申し訳ない気分。どれだけ役にたっているのかとても心許ない。会議のための準備も楽ではあるまいに、とは思いつつお呼びがかかる限りは、出かけようかと思っている。無報酬だが、毎年暮れにいただく、公園の田んぼで採れた餅米の鏡餅が楽しみだという理由もある(笑)。
「やとひと未来」は、今年度から、横浜市から指定管理者になった。今までは、運営の業務委託だったので、どこが、どう変わったかが気になる。施設管理や安全管理など管理業務が増えて、本来この団体が得意とする多様な市民が参加する伝統的な谷戸の文化と自然環境の保全がおろそかになっていないか、事業報告を聴くまでは、ちょっと不安ではあったが、説明をお聞きする限り、今のところ大丈夫そうなので安心した。行事も充実してきているし、活動の担い手となる若い世代も生まれつつあるという。それはほんとうに良いことだと、事務局の方々とともに喜んだ。若い世代が中心となって運営するNPO法人化の検討も始めつつある、との報告もあった。今は、任意団体のままで指定管理者となっているが、法人化することで、協定の改定などが必要になるかもしれない。また、法人が専従の職員を置くなら、雇用の問題、賃金確保の問題など新たな荷物を背負い込むことにもなるだろう。逆に言えば、今まではそういった問題を「ボランティア」的な労働が支えてきたことを改めて強く思う。この活動が持続・発展するためにどのような組織の形、人の働き方がふさわしいのだろう。
横浜市から、指定管理者としての評価を受けた旨の報告もあった。評価項目の説明も受けたが、事業の成果よりも適切な管理がなされているかどうかを観る項目が多い。指定管理者としての評価である以上仕方がないのかもしれないが、ここのような施設では、コミュニティの成長にどれだけ貢献したか、あるいは谷戸の文化や自然の保全がどれだけできたかに重きを置いた評価でなければならないだろうと思うのだが、そういった項目の評価は簡単にはできない。横浜市の担当職員と市民団体とが共に汗水流しながらの「協働」がなければ、表面的な管理状況や来訪者数で判断してしまうことになる。より本質に迫る評価方法・評価基準をどう作るか? これは、私が今かかえている大きな宿題の一つだ。
もろもろの難しい問題は山積しているが、舞岡の風景と活動はすてきだ。だからこそ、しんどい思いをしつつも、この場を楽しみ、活動を続ける人たちがいるのだろう。
■写真1:公園の中の田んぼ。とても横浜市内とは思えない。
■写真2:市内の古民家を移設したものという。隣には物置もあり、公園の活動の拠点ともなる。
■写真3:古民家の隣の小屋でわら縄を編むボランティア。縄は公園の中の野良仕事に欠かせない。
■写真4:池で食べ物を探すシラサギ(コサギ)。足先を動かし、獲物を探す。見ていたら、カエルが1匹食べられました。
■写真5:望遠鏡や超望遠レンズをつけたカメラを持った人が来ている。聴いてみたらキツツキの一種の「アリスイ」がいるとのこと。残念ながら、私がいたときは観られなかった。
■写真6:雑木林管理活動に炭焼きがまは必須のアイテム。舞岡のカマでは一度に200キロの炭を焼くことができるという。
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2008年最初に聴いたライブは、1月25日に、世田谷と水俣の交流会のトリをつとめる柏木敏治氏。ふだんは、熊本県水俣市で活動する「フォレスト・モンキー・バンド」のリーダーだという。ギター1本、ときどきハーモニカを自分で吹きながらの弾き語りは、60~70年代に流行ったフォークソングのスタイル。
初めて聴いたが、なんだかとても懐かしい。水俣病の患者さんの詩や手紙にメロディをつけての弾き語り。水俣病被害者の思いや心情を歌に託して届けている。今はほぼ死語となった「メッセージフォーク」あるいは「プロテストソング」の正統な後継者の歌だと思った。柏木さんは私よりもちょっと年上だが、ほぼ同世代なので、感覚はぴったりと来るのかもしれない。
歌は不思議だ。水俣病被害者の言葉を、文章で読んだり、朗読を聴いたとしたら、辛くて切なくてやりきれなくて、いたたまれなくなってしまうかもしれないが、メロディにのせると心地よく耳から入ってくる。
プロテストソングと言えば、昔の岡林信康を思い出す。差別・貧困・人権などの問題に目覚めるきっかけは、彼の歌だと言っても良いくらいだ。今夜も、胎児性水俣病患者、加賀田清子さんの手紙に曲をつけた歌、坂本しのぶさんのために作った歌などを聴いて、30以上年前にタイムスリップしたような感覚を味わった。
同じように水俣病被害に遭いながら、新潟と熊本のメッセージの伝え方の違いも感じた。柏木さんの歌は、水俣病を正面から見つめ、告発する力を持つ。一方、新潟水俣病の被害者、渡辺参治さんの歌を聴いても水俣病のことは何一つわからない。渡辺さんやその支援者の方々とお会いして、あるいは、聞き語りの本を読んで初めて、水俣病とのつながりがわかる。「冥土のみやげ企画」を主宰する旗野さんは自らの活動スタイルを「変化球」と表現する。外角ボール球と思っていると、いきなりストライクゾーンに食い込んでくる。柏木さんの歌は、直球でしかも剛速球、ど真ん中のストライクをとりにくる感じだ。どちらが良い・悪いということではない。その土地の歴史や社会、あるいは関わる人が積み重なって、異なるメッセージのスタイルを生み出したのだ、と今は少しわかって来た。水俣病は奥が深い。
柏木さんのCDが水俣市にある愛林館(あいりんかん)が作ったらしいが、売り切れとのこと。残念でした。
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「世田谷で障害者のグループが、水俣の患者さんや障害者、支援者と交流会を開くから、行ってみませんか」というメールが届いたので、2008年1月25日(金)午後7時、梅ヶ丘駅前にいた。
最初は実行委員長のあいさつ。下馬の食堂「ゆうじ屋」店長、実方裕二氏。脳性麻痺で手足が不自由、言葉もほとんど聞き取れない。他の参加者は何を言ってるのかわかるのかなあ、すごいなあ、と思っていたら「ケーキ」がどうのこうのと言っている。今日持ってきたケーキはおいしいから買って食べて欲しいというようなことを言ってるのかと思っていたら、会場から「そういうところだけは聞き取れるぞー!」とヤジが飛び、みんなが笑う。
ここで笑って良いのか? 「障害者の傷害を笑ってはいけない」と、いうのが一般的な<良識>というものだろう。ところが、ここの人たちは、言語障害のある人が一生懸命話そうとしているのに、それがおかしいと笑う。実際、一生懸命に話そうとすればするほど、体がゆがむ、顔があっちの方角を向く。かなり変で、おかしい。だけど、そういうのを「笑ってはいけないことだ」と思い続けていた。
笑っても相手を傷つけない関係がすでにできているのだ、そう思ったら涙が出そうになってちょっと困った。そういう関係に至るまでに、どれだけ、内面の相克と外部との葛藤があったことだろう。その一端は、第2部の「漫才:ゆーじーず」でちょっとだけ明らかになる。裕二さんと介助者の2人で掛け合い漫才をやるのだが、裕二さんの言葉はほとんど聞き取れないので、介助の人が「通訳」をしながらやっていた。子ども頃、障害をもっていたことから、裕二さんは後ろ向き。外に出ても下を向いていた。お母さんは「障害は、おまえのせいじゃない。誰に恥じることがある。上を向いて歩け」と説いたという。「え? それで上を向いてみたの? そしたら? ああそう。やっぱり良いことがあった? どんな良いこと?」「あうにむにょらしれたあら」「何? ああ、目の前がバラ色になったの。すごいね。え?」「まにらはしれもみょ(私には、そんなふうにしか聞こえない)」「バラ色の女の子のパンツだったあ?」(会場爆笑)「え? だからみなさんも、辛くても上を向いて歩いたら良いことがある、って?」(再度爆笑)
自らの障害を笑いものにできる陽気さ、タフさ、エネルギーがどこから生まれて来たのか知ることはできないが、とにかく裕二さんは、経済的自立を目指して食堂を始める。自分では料理ができないから、彼が指示したレシピで介助者たちが料理する。名物はカレーだそうだ。この夜、カレーは無かったが、ショウガで味付けした焼きそばはビールととても良くあったし、焼きチーズタルトはとてもおいしかった。甘みでごまかさないほんとうの味がした。
●プログラム
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ヨーグルトづくりが不調だ。このところ2回続けて発酵がうまく行かず分離した。今までも分離したことはあっが、だいたい理由は想像ができたので、2回続けて失敗したことはなかった。市販のヨーグルトを買って来て、牛乳と混ぜヨーグルトメーカーに入れるだけで特別な技術は要らないはずなので、なぜ失敗するかわからない。牛乳を替えてもう一度やってみようと思う。今回タネに使ったのは小岩井のヨーグルト。以前につくったときはちゃんとできたのだが。
ヨーグルト・メーカーはタニカ製「ヨーグルティア」。温度調節とタイマーつき。シンプルで必要十分の機能。8000円の値段には少しちゅうちょしたが、ヤスダヨーグルトを自分を増量できるなら1年かからず元が取れると思った。うちの奥様は、天然酵母の発酵が安定してできると目論んだ。だから、温度調節ができることは必須の機能。
新潟水俣病の仕事の関係で、旧安田町を訪ねたとき、ヤスダヨーグルトを買って濃厚な味と食感とにびっくりした。近くのスーパーでは、安田の飲むヨーグルトを売っているが、プレーンは無い。絶対にプレーンの方がおいしいのだが。問題は、値段が高いことと滅多に手に入らないこと。安く、たくさん食べるために、これをタネにして自家製ヨーグルトを作ろうと考えて買ったのがヨーグルトメーカー。ヨーグルト100グラムに牛乳1リットルを加えて、40度に保って8時間待てばできあがり。これで十分においしい。10倍に増やしたヨーグルトを種に使って、「孫」を作れば100倍にすることも理論的には可能だが、世代を重ねるごとに、野生の乳酸菌や雑菌が入り込んで味が変わると考えて、今のところ1世代でしか試していない。
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2008年1月23日、水俣フォーラムが主催する講演会を聴きに行きました。水俣フォーラムは、水俣病事件を伝え続ける活動をしているNPO法人で、展示やセミナーを開催しています。私も、ときどきボランティアでお手伝いをさせていただいたり、展示やセミナーに参加させていただいています。
月例セミナーの1月講師は土井たか子さん。今は政界を引退されていますが、社会党委員長、衆議院議長の経歴を持ち、今も反戦・護憲を訴え続ける信念の政治家です。水俣病の問題に対してどのようなお話をするか興味がありました。講演は質疑を含めて、約2時間。その後、主催者の方々を交えて、食事をしながらお話をさせていただく機会もいただきました。
土井さんのお話をお聞きし、また、お話しした中で思ったことを3つメモしておきます。
土井さんとお話をしているとき、昨年読んだ『ポスト・デモクラシー 格差拡大の政策を生む政治構造』コリン・クラウチ著/青灯社(2007.3.30)を思い出しました。1970年台に高揚した民主主義が冷戦後衰退しており、これは世界各地で見られる現象である、というのです。この本の感想文は、またいずれ。
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今晩のおつまみは、牛スジをにんじん、ゴボウ、大根、こんにゃくなどの根菜と豆腐を甘辛く煮込んだものでございます。このメニューを開拓したのは私ですが、今ではうちのおくさんのだいじなレパートリーになっています。今夜は少し薄味で、上品な味にしあがっていると思います。
お酒は、〆張鶴のような端麗辛口よりも濃い味のものが合います。越後鶴亀純米酒、山廃仕込みで合わせてみました。「山廃」は、明治時代に「速醸もと」と呼ばれる酒母が考案される前に作られていた日本酒の製法です。速醸もとは、麹と水と蒸した米に乳酸を添加し、酵母を混ぜて作る酒母ですが、山廃では、天然の乳酸菌が醸し出す乳酸がたまるまで待つので、時間がかかりますが、力強く、個性的な酒になると言われています。今では9割以上の酒が速醸もとで作られていますが、昔ながらに手間をかけて作られたせいなのかどうか、鶴亀山廃も新潟の酒にしては味の濃い酒です。値段は1升で2400円ほど。うちでは、贅沢な部類に入りますが、ワインの値段を考えると安いものだと思います。
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2007年10月から約半年間「自然観察法」の授業を担当しました。
私は、1985年から1992年まで、自然解説を仕事にしていました。横浜市と鎌倉市の境界。多摩丘陵の南端と三浦丘陵の接点にあたる所です。
そして、このたびは多摩市と町田市の境界。多摩丘陵の北端に近いところに変わりましたが、植物や動物は良く似ているので、楽にできるのではないかと甘く考えていました。ところが、実際にやってみると、なかなか思うように組み立てられません。当時は「社会教育」としての自然観察ですが、今度は「学校教育」。この違いは案外大きなものです。社会教育では、基本的に「興味・関心」の高い人しか来ません。学校ではそういうわけでもありません。まず、そこが違います。
また、自然についての知識が増えるだけで十分かと言うと違うような気がしました。この大学で伝えるべき「自然観察」とは何なのだろう、と自問する毎日でした。その答えがわかりかけたのは、後半になってから。学生さんの提案で、草木染めや落ち葉を焼いて焼き芋を作る実習を行ってからのことです。
自然観察法の授業を通じて「自然の価値を再認識し、自然と共生する意識・行動を引き出す」ことができれば良かったのだ、と気づかせてくれたのは受講した学生さんたちでした。そのためには、生活と自然との接点をできるだけたくさん作ることです。それも、知識だけでなく、体験を通じて、手業を使って。そんな授業ができれば、良かったのです。今度の4月から始まる学期に同じ授業を担当できるかどうか、まだわかりませんが、もしできるなら、できるだけたくさん生活と結びつく体験のできる授業を組み立てて行きたい、と強く思いました。
半年間の試行錯誤につきあってくださった学生のみなさん、どうもありがとうございました。
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今日は、大学の「自然観察法」の試験。野外での実地試験をするつもりでいたのですが、天気予報は「雪」。雪は降らなかったのですが、あまりにも寒いので野外はちょっと出ただけで、主に室内で「観察」をしました。
平塚博物館の学芸員だった浜口さんは、私が(勝手に)師と仰ぐ人の一人ですが、著作の中で「文章によるスケッチ」を勧めていらっしゃいます。それがあまりにもおもしろいので、試験で使わせていただきました。学生さん1人に1個ずつ、ある物を渡し、できるかぎり正確かつ詳細に文章で表現していただきます。試しに、私が書いた文章は、こんな具合です。下の記述で、何を手渡したかわかるでしょうか?
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形は、直径約5センチの球状の物体を上下に押しつぶした回転楕円体をしている。長径は短径と比べて1センチほど長い。頂上に枝についていたヘタがある。全体は一様にやや薄いだいだい色をしており、つやはなく、やや乾いた感じがする。細かな凹みに一面覆われおり、細いしわが幾筋か見られるのは、水分が抜けてしぼんでしまったためと思われる。表面は香りに乏しいが、外皮をむくと甘酸っぱいにおいが強く香る。皮の裏は白い繊維状のものに一面に覆われ、しっとりとしている。内部の果実は9つの半月の形の房に分かれ、膜のようなものに包まれている。膜の表面に白い繊維状の物質が被さっている。膜を取り除くと、果汁がしみ出し、さらに甘酸っぱい香りが強くなった。膜の中には細かな房状の粒々が無数に含まれている。果実を口にいれると、弱い甘みと強い酸味を感じた。
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まず、外観の大きさ、形、表皮の形状、色、におい、手触りを観て、それから、外の皮をむいて、同じように形状、色、におい、手触りを確かめ、さらに、その中の果実を観察し、食べてみる。ふだん何気なく食べているみかんを観察して、大まじめに言葉で表現するというのは、すごく新鮮な経験だと思うのですが、日常的に見慣れているはずのものでも、改めてじっくり観察すると、意外な事実に気が付くかもしれませんよね。
植物や動物の図鑑の解説文は無味乾燥なものと思っている方も多いと思いますが、結構人間味のにじみ出るような記述の図鑑も多いのです。例えば『牧野新日本植物図鑑』をぱらぱらとめくってみただけでも、「あぶらぎく(しまかんぎく・はまかんぎく)」の項目では、「本種は山地に多く、島地を好まない、したがって島寒菊の名は不適当である」と手厳しい。かと思うと「なつしろぎく」では「可愛らしい多年草である」とけっこう自分の好みを押しつけていたりしています。図鑑の中に、こういう人間味のこぼれでるような記述を見つけると、うれしくなってしまいます。牧野富太郎と言えば、植物学の神様のような人ですが、神様も「この植物名は変だ!」と怒ったり、「この花は可愛い」と図鑑でほめているのを見て、神様の中に人間味を感じるわけです。さらに見ていくと「うど」の記述では「若い苗は食用になり、かおりは良く、美味」とあるのですが「たらのき」では「山に住む人達は若い芽を採り、たら芽と呼んで食べる」という記述です。現代のスーパーの序列では「タラの芽>ウド」のような気がするのですが、牧野氏の時代、タラの芽を食べることは一般的でなかったのかもしれません。それとも、牧野氏がタラの芽があまり好きではなかったのか? ちょっと調べてみたくなります。
作者の気持ちのにじみ出る図鑑と言えば『山渓ハンディ図鑑9 日本のカエル+サンショウウオ類』写真:松橋利光 解説:奥山風太郎 を思い出します。写真は可愛いし、解説も最高。カエルへの愛情でいっぱい。例えば、ツチガエルの記述では「捕まえると皮ふから粘液をだし、これが臭いとよく言われるが、異臭と呼ぶほどではないと思う」とあります。「みんなが臭いって言うけど、そんなに臭くないよなあ」とぶつぶつつぶやきながら、ツチガエルをかいでいる筆者の顔が見える気がしませんか?
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もちつきをした古民家から道を下がると炭窯がありました。本格的な炭窯で、解説板を見ると、杉浦銀二氏の指導で築いたのだそうです。公園の雑木林を維持するために、コナラやクヌギを伐採し、伐った木は、かまどの薪や炭の材料になっているのでしょう。隣には、シイタケのほだ木もあり、収穫された跡がありました。
市民がこの公園を拠点としてボランティア活動をすることで、雑木林が維持され、昔ながらの里山の風景が守られているのだと思います。同じような考え方で生まれた公園には、横浜の舞岡公園があります。公園の中に古民家を移築し、利用しています。また、田んぼや畑の作付け、雑木林の管理作業など、規模は違っても、内容は似ています。運営体制はどうなっているのでしょうか、いろいろと知りたいことが増えてきます。また、来てみようと思いました。
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2007年に行った食事処で一番のお勧めを選ぶのは難しいけれど、私の出身地に一番近い、新潟県朝日村高根のIRORIを選ばせてもらいましょう。
写真1:IRORIは、廃校になった高根小学校を地元の人が改装して、土地の産物や食堂にしたものです。看板なども手作り風ですが、ちょっとしゃれています。
写真2:小学校の看板もちゃんと残されています。地元の人にとっては懐かしいですよね。
写真3:そば定食を食べました。次はご飯をいただこうと思います。
写真4:ピザ窯も作ってありました。
ここは、どぶろく特区にもなっています。車で行ったので、飲めなかったのが残念ですが、買って帰れば良かったかと少し後悔しています。
写真5:トイレの表示は「おどご」と「おなご」。意味は....わかりますよね。
写真6:地元で採れたものがいろいろ売られていました。
写真7:棚田がきれいです。5月の連休は、ちょうど田植えの時期でした。
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引き続き、大学で教えている「ボランティア論」の採点の話題です。
成績の評価は、出席と課題レポートと試験がほぼ3分の1の配分です。試験の採点を終え、今はレポートを読んでいます。テーマは「何でも良いのでボランティアを体験して、結果を報告書としてまとめる」です。実は、レポートにどうやって点数をつけるか、深く考えていませんでした。ボランティアの体験を通じた自己の変容の気づき、学びを客観的に評価するなどということができるのだろうか? 見通しがつかなかったのです。
提出されたレポートを読ませていただいたのですが、ほんとうに千差万別ですが、それぞれに、学びを自身の言葉で表現しているものが多く、その点は良かった、と思いました。私の職場に来た体験を記述している学生さんも多く、それもうれしいことでした。フェアトレードのことや、韓国の大学の学生さんが描いた地球環境問題を表現した作品などを見ての感想などもありましたし、家族とともに行った福祉施設での活動や、一人で始めた掃除などバラエティも豊かでした。
惜しむらくは、レポートが「報告書」になっていないものがあまりに多いことです。体験の報告を求めているのですから、最低限5W1Hは書いて欲しかった。客観的事実を明確に示し、その上で何に気づき、学んだかを記して欲しかったのですが「形式自由」と言ってしまったために、基礎的な情報までとばしてしまったのでしょう。内容の良いレポートが多かっただけに、ものすごく残念でした。
レポートでは5W1Hを「暗黙の前提」だと考えていたので、説明を省略してしまったのですが、そういうことでもきちんと伝えないといけないんだろうなあ、と反省しました。
レポートの採点は5W1Hが半分、自己の変容が半分という比率で点数をつけることにしました。
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2007年10月から、恵泉女学園大学で「ボランティア論」を教えています。最終日の今日は試験。記述式で、テーマは「奉仕活動の義務化をどう考えるか?」。
2000年9月、森首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」中間報告には「奉仕活動の義務化」が盛り込まれ、それに対する賛否が巻き起こりました。私自身は、反対の論陣を張った側に属します。アメリカでは「サービス・ラーニング」が当たり前のように行われていますが、日本とは国の成り立ちや個人と政府の関係が違い過ぎます。日本で学校が奉仕活動を強制するならば、役所=お上に唯々諾々と従う子どもたちを育ててしまう危険性があります。それに、子どもたちの中にはいやいやする子もいるでしょう。福祉施設などでの対人トラブルが危惧されます。教員に対するサポート体制も不備なまま、学校現場に負荷が高まることも懸念材料でした。学校の教員には、もっと他にやるべきことがあるはずです。
それから、7年。今では小中学校では、授業の中で福祉施設の活動体験やまちの美化活動を取り入れる学校が増えています。私の授業の受講者の中にも、小中学校~高校で「奉仕活動」をさせられた学生さんが多いはずです。ボランティア論の授業の締めくくりとして、義務教育の中で行う奉仕活動を、どう考えるか? 一人ひとりに答えを求めたのです。私は否定派ですが、肯定する意見であっても、多様な視点でメリットとデメリットを検討し、導き出した回答であれば点数は与えます。賛否はともかく、結論に至った根拠を明確に示してくれれば合格です。
採点して驚いたのですが圧倒的に「賛成派」が多いのです。明確な「反対派」はほんの一握りです。反対派の中には「軍国主義への懸念」を理由にあげた人もいました。「滅私奉公」などという戦時中の言葉を知っているのでしょうか。学校で行う奉仕活動から、社会の大きな動きを俯瞰する学生が、今でもいることに驚き、うれしくなりました。
賛成派の理由の多くは「異質な人とのコミュニケーションを通じた自分の成長」や「社会参加の経験」などをあげていました。確かに、それもだいじなことには違いありません。でも、そういうことを学校教育でやることが果たして良いことなのかどうか、分析が浅い回答が目立ちました。中には「教室の授業でなく、学校の外に出られてうれしかった」と正直な感想を書いてくれた学生さんもいました。なるほど、確かにそれも理由の一つになるかもしれません。
もう一つ感じたのは「賛成の意思表明が高得点に結びつく」という読みをしたのかもしれない、ということです。授業の中では「奉仕活動の義務化」について、自分の見解を一切述べていませんが「ボランティア論」を教える教員なら、奉仕活動に携わる人が増えるのを肯定するだろうから、その方向でまとめてしまえ、という心理が働いたのかもしれません。最初に「賛否の結論でなく、結論に至った論拠を評価する」と伝えるべきだったと反省しました。そうであれば、もう少しホンネに近い回答を得ることができたかもしれません。
いずれにせよ、ユニークな回答がいくつかあり、楽しんで読ませていただいています。最終的には「点数」にしなければならないのが辛いところです。
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■場所:東京都渋谷区
■日時:2008年1月15日 9:25
青山通りの例のマロニエ並木とケヤキ並木の間に、別の街路樹の並木があるのみ初めて気が付きました。樹種はよくわかりませんが、表皮の剥落の様子を見ると、モミジバスズカケ(プラタナス)かと思われます。ふだんは、全くと言って良いくらい気にしていなかったことを実感します。
さらに新しい発見がありました。の中に、1本だけ常緑樹があるのです。この道を歩くようになってずいぶん長いが、うかつにも気がつかなかったのはどうしたわけでしょう。
それにしても。落葉樹の街路樹の中に、ただ1本だけの常緑樹。気が付かなければそれまでなんだけれども、いったん気が付いてしまうと、やたらと気になります。どうして、こういう事態が起こってしまったのでしょう。植木屋さんが間違えた? プラタナスが足りなかったので、1本だけクスノキを植えたとか....まさかね。
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フィンランドに食堂を作ったサチエさん。和食レストランじゃなくて「食堂」。メインディッシュはおにぎり。設定がいきなり「わびさび」。フィンランド人ならわかってもらえると思ったというが、客が全く来ない。それでも、メニューやコンセプトを変えない。サチエさんは気丈だけれど、ちょっと頑な。
そこにふらりと舞い込むミドリさんとマサコさん。何か辛い過去を背負っていそうな二人。知っている人がいない所ならどこでも良かったミドリさんは、最初、サチエさん以外の人と近づこうとしない。マサコさんは、病弱な両親を看取ってフィンランドに来た。エアギター選手権に興ずる人が住む国にあこがれた、フィンランドではただ、ぼけっとしていたいというから結構「わびさび」だが、わら人形で呪いをかけた過去もありそうで、ちょっと怖い。
少し変わった2人の日本人女性が加わることで、かもめ食堂にお客さんが増え始める。特に何かが変わったわけじゃない。サチエさんは、おにぎり・和食へのこだわりをちょっと変えて、シナモンロールを焼いてみた。酔っぱらいのおばさんに優しくしてあげたなど、ほんとうに小さなエピソードが積み重なって、客が入るようになる。
それだけの映画。ドラマチックな盛り上がりがあるわけではない。カメラワークも淡々としていて、ときどきドキュメンタリーなのかと錯覚するぐらいだ。マサコさんのキノコとか、わら人形などオカルトっぽい場面がアクセントになっている。それらのシーンが入ったことで「面白い」と思えるのだが、全体のドキュメンタリータッチの進行から観ると浮いている感じがないでもない。原作ではどう描かれているのか気になる。群洋子の原作も一度読んでみたい。近所の図書館に問い合わせたら「貸し出し中」とのこと。早速予約。
それにしても、何なんでしょうね。この3人の「関係」は。従業員でも、ボランティアでも無い。では「友人」なのだろうか? ちょっと違うような気がする。食堂を手伝っているにもかかわらず、風のようにいつかどこかに去ってしまうことが前提となる、すごく淡い関係。ミドリさんは、ちょっと物足りないと感じたが、サチエさんは「人は変わってしまうもの」と諦観。ただ、拘束力の弱い関係だからこそ、ミドリさんが安心してサチエさんの食堂を手伝うようになったのだろうし、マサコさんも気兼ねなく仲間になれたのかもしれない、とも思う。「愛」とか「情」などの熱い関係はもう古いのかな。つかず離れずの人間関係が、この映画に「わびさび」の雰囲気を添えている。
茶の湯を大成した千利休は「一期一会」を大事にしたというが、考えてみれば、この3人の関係にも一脈通じるかもしれない。違うかもしれない。
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■『農村文化運動』No.185号
■テーマ:地元学・地域学の現在 -多様な個性的展開の可能性の探る
■発行:農文協 2007年7月
■値段:600円(本体571円)
2008年になって読破した最初の本。と、言っても全部で90ページのブックレットです。でも、中身はものすごく濃いのです。結城登美雄氏、吉本哲郎氏、広瀬隆人氏、沢畑亨氏、大島順子氏、などなど.この分野では一度は話を聞いてみたい人が名を連ねています。
全体は4章に分かれ、1.地元学の現在 2.生涯学習と地元学・地域学 3.子どもの教育・学習と地元学・地域学 4.地域づくりと地元学・地域学 それぞれに2~4人の実践者・研究者が数ページずつ現在の様子を概説しています。写真も多用して、視覚的にも理解できるよう工夫されています。地元学・地域学に関心のある人は一読の価値あり。
地元学・地域学は何か? いろいろな答え方があります。だから、わかりにくい、と言う人がいます。でも、多様であること、そのこと自体に魅力があるのだということがよく分かりました。単に、地元の人とヨソ者がまち歩きをして面白いものを見つけたり、住民にインタビューをして地図を作ることが「地元学」だと思われているフシもありますが、この本は、もっと多様な姿を見せてくれます。食に関する宮城県の2つの事例はとても面白く読みました。さらに、廣瀬氏は地域を広くつなげることの意義を説き、大島氏は、より深く持続可能な社会づくりに向かう可能性・必然性を示してくださいました。「山形学」という広域の地元学に取り組む阿部康子氏の報告は、私のごとき未熟者には文章が難解に過ぎますが、なるほど、こういうカタチもありなのか、と思いました。
改めて思ったのは、地元学は「バラバラになった地域住民をつなぎ、行政に丸投げした自治を住民の手に取り戻すこと」と言い切った結城氏の言葉。多くの事例が収斂していくのではないか、と思います。
欲を言えば、「今だから言える」苦労話や難儀した経験も書いて欲しかったとは思います。短い原稿量で入りきらなかったのかもしれませんが、どの実践も、決して平坦な道ではなかったはずだ。困難を乗り越えて、今の姿があるのでしょう。でも、良い本です。
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■日時:2008年1月11日 10:00
■場所:東京都渋谷区青山通り
青山学院大学、国連大学の前にはマロニエ並木があります。JR渋谷駅に下る宮益坂とJR表参道駅に下る表参道はケヤキ並木。ケヤキとケヤキにはさまれてマロニエ並木が立っています。
最近、マロニエ並木をケヤキ並木に変えるとの趣旨を伝える看板が立ちました。看板によれば、行政と住民の協働によって、青山通りの景観、美観を作る事業が進んでいるそうです。ケヤキ並木に変えるのも、住民との合意形成のもとで進んでいると、写真付きで知らせいます。(写真左)
マロニエの一本一本に、ケヤキに植え替えることを記したハリガミが張ってあります。数日後、別のハリガミが張られました。「マロニエを残して欲しい」という要望を書いた紙。署名はありません。(写真中)
詳しい事情はわかりませんが、この界隈では、マロニエ並木をケヤキ並木に変える計画が進んでおり、国交省と住民の対話と「合意形成」によって進められています。一方、マロニエが無くなることを是としない人もいるらしいのです。
青山通りはおしゃれでエキゾチックな雰囲気がウリだから、シャンゼリゼと同じマロニエ並木を残したい、と思ったのかもしれません。一方、ケヤキは日本の在来種で、新緑の鮮やかさ、樹形の美しさが際だち、宮益坂と表参道とをケヤキ並木で一体化させたら、さぞ景観も良くなるだろう、と思った人の気持ちもわかります。
私も国粋主義者(笑)ですから、セイヨウトチノキ(マロニエ)やアメリカヤマボウシ(ハナミズキ)などよりは、ケヤキやヤマボウシなどの在来の樹木を植えて欲しいとは思いますが、個人の好みや省庁の予算の都合ではなく、ほんとうの住民合意で決めるべき問題です。
並木は、まちの景観にとってたいせつな要素です。マロニエ並木をケヤキ並木に変える決定は、どのような人や組織が、どのような手順で決めるべきか、そんなことを考えると、難しいものです。
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2007年に聴いたCD、ライブで忘れられないのは何と言っても渡辺参治さん。
新潟水俣病の関係で、2007年には3回新潟を訪ねました。新潟は出身地なのですが、仕事で新潟に行く機会は滅多にありません。今の仕事に就いてからは、シンポジウムとかワークショップをやりに行ったのが2回くらいでしょうか。
2月に、新潟水俣病被害者の支援活動をしている方々にお会いしました。その中に安田町(現阿賀野市)の旗野さんがいました。全く面識が無かったのですが「冥土のみやげ企画」というユニークな支援活動にうたれました。冥土のみやげ企画の詳しいことは、項を改めて書きたいと思います。
これまでに作った「冥土のみやげ」の一つが、水俣病被害者の一人渡辺参治さんの米寿のお祝いのCD。渡辺さんは歌が大好きで、生活が苦しいときも、病が辛いときでも歌っていれば元気になるのだそうです。冥土のみやげツアーと称して、声がかかえればどこにでも唄を歌いに行くというからすごい人ですね。
米寿の祝いに、得意の民謡を収録したCDを作ったというのがこれ。1枚2000円、相思社などで通信販売もしています。ジャケットがカッコイイでしょう。やライナーノーツも凝っているんです。
今では、私にとってこのCDが最大の「癒し」。しゃれたジャズとか、静かな室内楽ではしっくりこないくらいに心が疲れたときに、渡辺さんの民謡が沁みるのです。ただし、今の歌声は「癒し系」ですが、若い頃に歌った録音も収められていて、そちらはまるでジャズの即興演奏のような趣があります。
2007年5月、新潟水俣病の追悼集会で初めて渡辺さんのライブを聴きました。思っていたよりもずっと小柄で、驚きました。どうしてあんなに良い声が出るのか不思議です。機会があれば、またライブを見に行きたい歌手の一人です。
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予定では、一昨日、天然酵母で焼いたパンを写真入りで紹介できるはずでした。
焼けるには焼けたのですが、ふくらみがいまいち足りないし、すこし重い。もっちりしている、と言えば聞こえは良いのですが。
元種のできが良くなかったのかもしれません。または、粉の問題かもしれません。粉を変えて、今週末にもう一度焼いてみるとのこと。仕上がりに期待しています。
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うちの奥さんが、去年から天然酵母パンづくりに凝っています。今年になって初めて酵母おこしをしました。現在、元種ができて、これからパン生地の発酵に移ろうとしています。
まずは、レーズンを水につけて密閉。28~30度に保つと干しぶどうの表面についていた酵母が盛んに発酵を始め、ブドウの糖分を分解します。そのままだと嫌気発酵が進みすぎるので、ときどき空気を入れて酸素を補給します。
3~4日するとブドウはすっかり分解され、水の中に酵母が大増殖しているはずです。酵母に食べられてスカスカになったレーズンは水に浮かんできます(写真左)。
ブドウのカスを漉した水を小麦粉に混ぜます。酵母は小麦粉の分解を始め、2~3日するとアルコール発酵したような甘い良い香りがして、タネがふくれてきます(写真右)。
ここで、パン生地にする小麦を混ぜて焼くのですが、市販のイーストを使ったときと比べて格段に風味の良いパンができるのが不思議です。
今回は、どんなパンが焼き上がるでしょう。楽しみです。
酵母がボコボコ増殖している様子や、発酵したときのえもいわれぬ甘い香り、ビンのふたを開けたときに「プシュッ」という音を感じていただけないのが残念です。
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■日時:2008年1月7日 13:00
■場所:神奈川県川崎市麻生区栗木台
道ばたの馬頭観音の写真を撮るために車を降りたとき、妙な気配を感じて振り向いたら、そこにも観音さまがたっていた(写真左)。
電柱の隣にものも言わずにたたずんでいる。石仏なので、口をきくはずもないのだが、つい「何でそんなとこにいるの?」と尋ねたくなる(写真中)。
なかなか珍しいポーズの観音様。なまめかしい(写真右)。
それにしても、どうしたことだろう。
区画整理事業が行われる前、古い家が建っていて、そこの家の人が信仰心に厚く、庭の片隅に観音像をおいていたものが、開発されるとき発見され、もとあった場所のすぐ近くに移され、今も立っている、ということではないだろうか。そうとでも考えなければ説明がつかないように思うのだが、どうだろう。
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昔は結構熱心なバードウォッチャーでした。最近は、望遠鏡を持って鳥を見に行くことなど滅多にないのですが、学生のころには多摩川にカモをよく見に行きました。
京王線・聖蹟桜ヶ丘とJR南武線・南多摩の間。車で行く人は、関戸橋と是政橋の間と言った方がわかりやすいかもしれません。30年ぐらい前は、東京近郊のカモのメッカと呼ばれていた...か、どうかはわかりませんが(笑)、ミコアイサが群れで見られる魅力的な場所でした。
今日の午後、水面に帯のように覆うカモを見たいと思い、久しぶりに思い出の場所に行ってみたのですが、1羽のカモも見られません。途方に暮れていたら、日本野鳥の会東京支部のグループに出会いました。相手がバードウォッチヤーとわかれば、気楽に話しかけられるのが良いところです。
聞けば、この数年、多摩川ではカモ類が激減しており、この付近でもカモを見ることがほとんどできなくなったとのこと。今日は、ヒドリガモ、ヨシガモ、オカヨシガモがいたそうですが、私は全く見ることができませんでした。オカヨシは好きなカモなので残念ですが、1羽しかいなかったそうなので仕方ないかも。
見られたのは、カワセミ1,オオタカ1、ダイサギ、ハシブトガラスくらいでしょうか。寂しいかぎりです。
どうして、カモがいなくなったのか原因はわからないそうです。洪水が増えて河川敷のあし原や、ヤナギの木などが流されて無くなったのが原因ではないかとか、繁殖地の環境が悪化したためではないか、あるいは餌付けをしているところに集中して、川に来なくなったのではないかなどなど想像はできるそうですが、ほんとうの理由はわからないとのこと。カモの他の鳥はこれほど激減しているものはないということなので、カモの世界に何かが起きているのかもしれません。
それにしても、残念でした。関戸橋の下流の写真には、1羽のカモも見えません。
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今年の正月は、新潟に里帰りできなかったので、実家から正月料理やモチをたくさん送ってもらいました。村上の正月に欠かせないのは鮭。塩引きが代表的な料理ですが、イイズシも忘れてはなりませぬ。
塩引きサケ、数の子、イクラ、にんじん、だいこんなどを麹で漬けて作ります。麹が発酵し、うまみが野菜や切り身にしみこんで甘酸っぱくなります。できの善し悪しは麹の選択と熟成期間の気温にかかっています。熟成が進みすぎると、乳酸発酵のため、酸っぱくなりすぎます。こっちに送ってもらうと、冷蔵庫に保存してもせいぜい1週間です。各地の鮨を集め、体系的に分析しようと試みた日比野光敏氏の労作『すしの歴史を訪ねる (岩波新書) 』によれば、鮨の起源は魚の保存食だそうだから、保存できないイイズシは、太古の特徴を持つものではなさそうであるとのこと。彼の説では、江戸時代以降のものらしい。
ちなみに、イイズシは日本酒によくあいます。甘いイイズシには、すっきりと辛口の村上の酒が良いと思います。
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2007年1月~12月に観た映画(DVDを含む)の中から印象深く残っているものを順不同で紹介します。
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2007年1月~12月に聴いたコンサート、買ったCDなどの中で思い出に残るものを順不同で紹介します。
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2007年1月~12月に行った食べ物屋さん、飲み屋さんなどでお勧めのお店。魚関係の居酒屋に偏るので汎用性はありません(笑)。
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2007年に読んだ本10冊 (再読を含む)
2007年1月~12月に読んだ本の中から、ぱっと思いついた本を順不同で紹介します。上野顕太郎の『夜千』の第2弾の発行は今年の快挙。
熱心に読んだのは『ポスト・デモクラシー』でしょうか。とにかく、現代の格差社会の状況を良く説明しているように思いました。
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