埼玉大学の学生が水俣を伝える
●私たちが見た水俣を等身大で表現する
●日時:2009年3月31日18:30~
●場所:浦和PARCO 9階コムナーレ 第15集会室
●主催:埼玉大学教育学部コラボレーション教育専修・水俣合宿2008
3月21日午後、埼玉大学の学生からメールが届いた。3月31日に、合宿で学んだ水俣の姿をたくさんの人に伝える会を開くので参加して欲しい、という趣旨だ。よりによって年度末、しかも10日前というのは突然だなあ、と文句を言う資格は、私には絶対にない。昨年年の7月、私の職場で「学生が伝える水俣」という企画を立てたときに、彼らに出演を依頼した。期末試験が終わったか終わらないか微妙な7月末。しかも、開催日の1週間前に突然のお願い。断られるのが当たり前の状況にもかかわらず、二つ返事で引き受けてくれたうえにすばらしいプレゼンテーションを披露してくれた。今こそこの恩に報いなければ、と駆けつけた。
会場に入ってまずびっくり。多くても数十人規模だろうと予想していたが、150人くらいの人が集まっていた。大学の関係者が多かったのかもしれないが、水俣病を伝えるイベントでこれだけの人数を集めたのは立派。内容もすばらしかった。水俣の表現者は数多いが、新世代の表現者が登場した現場に立ち会えたことが、ほんとうにうれしかった。
去年も、歌、映像、語りを組み合わせたプレゼンが見事だったが、今回は、さらに動画の映像や、寸劇や朗読まで加わっている。表現の深みが増して、水俣の歴史・現在をわかりやすく伝えていた。私は、フォークソングが「プロテストソング」の時代に感化された世代なので、今でも、ああいうセンスの学生がいることに驚いた。埼玉大学の表現者たちも同じような感覚を持っていることがわかって、ほんとうにうれしくなった。
第4部は、この集まりのために、お招きした鹿児島県出水市から水俣病の患者さんと、お子さんの、お話。「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」が国会に提出され、被害者とその支援者から猛烈な反発を受けた直後であるだけに、患者さんの話には熱がこもっていた。
このイベントにかかった費用は約20万円、資金調達も自分たちでやったという。プログラムの最後は、カンパの呼びかけだった。どこまでもあっぱれな学生の仕事だった。その夜は、若い水俣の表現者の成長を祝って乾杯する席に加わりたかったが、自宅まで遠いので、わずかばかりのカンパをして、その場を去ったのがかえすがえすも残念だった。できることなら、あの気持ちの良い学生たちと、水俣の現場で飲み交わしたいものだ、と帰りの電車の中でしみじみ思った。
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