(続)ソウル・フラワー・ユニオンとの出会い
前の書き込みで、バンドの名前を間違えていると、指摘のコメントをいただいた。たいへんに申し訳ありませんでした。すぐに記事タイトルを修正しました。
あらためて、ソウル・フラワー・ユニオンは良いですね。ノリノリのロックなのに、アイルランド風のサウンドに沖縄風の間の手が見事に融合していたりするわけで、今までに聴いたことのないまか不思議な味わいを出しています。沖縄サウンドや社会的メッセージ性では、喜納昌吉やネーネーズとも共通するのですが、他の土着音楽とのまぜこぜの度合いは、SFUが一枚上手とみました。沖縄出身でなく、大阪という猥雑で陽気で、活気のある街で生まれ、育ったことと関係があるのかなあ、などと思いました。
ぼくに「音楽性」を云々する能力は全然ないのだけれど、聴いていて、気もちにグサグサとつきささってくるリズム、メロディ、そして歌詞。たとえば、『ロンドン・デリー』は、ごきげんなのに、歌詞は毒がたっぷり。大英帝国によるアイルランドの支配とか抑圧の歴史を知りたくなります。
東ボラの情報誌『ネットワーク』で、辛淑玉はSFUを評して「日本の演歌はダメだが、もし生き残る演歌があるとすればSFUだ」と述べたことがあると知りました。
「演歌」はもともと、歌で政治的思想をわかりやすく表現する手段だったわけで「演説」と同じようなものだったらしい。川上音二郎の『オッペケペー節』が有名ですね。笑い、涙、怒りなど、庶民の気分をアジりながら楽しませてくれる歌、それが「演歌」のもともとの意味。だと、すればSFUの歌はホンマモンの演歌でしょう。私も納得でした。
| 固定リンク
「音楽と映画」カテゴリの記事
- (続)ソウル・フラワー・ユニオンとの出会い(2009.04.28)
- ソウル・フラワー・ユニオンとの出会い(2009.04.25)
- 「温故」が目立った横濱ジャズプロムナード2008(2008.11.15)
- 『崖の上のポニョ』 宮崎駿監督最新作を観て(2008.11.15)
- 映画『いのちの食べかた』;わびさび的見方(2008.02.01)

コメント