いけちゃんとぼく
私にとって2つの意味で「恥ずかしい」本である。いいトシをしたオジサンが読んで、泣けてきたことがまず恥ずかしい。涙ボロボロとは行きませんでしたけど、じわっとくる。とは言え、学齢前の子どもが、理解できるとしたら相当なおマセさんだろう、とは思う。
もう一つの理由は、ちょっとフクザツだ。売れっ子の作品を買うのは恥ずかしいという気分ってありませんか? まして、「絶対泣ける本第1位」に選ばれたとかいうカタガキのついた本を買うのは、ほんとうに恥ずかしい。
『はれた日は学校を休んで』、『ゆんぼくん』が出た当時は、サイバラという漫画家を知る人が少なかったので「サイバラってスゴイんだぜ」と威張って言えた。「知らないだろう」というちょっとした優越感があったりして。
ところが、メジャーになると、なんとなく買いにくくなる。昔からのファンとしては、彼女の才能が世に認められたことは、素直にうれしい。うれしいのだけれど、世間でブレイクしている本を買うと「ふうん。お前もサイバラを読むんだ」と言われそうな気がしてちょっと恥ずかしい。「オレは昔からのファンなんだよ」と、ちょっと言いたくなるけど、そんなことを言うのも言い訳みたいでカッコ良くないと思う。要するに、自意識過剰なんです。
お化けみたいなイケちゃんは、ボクのことを「強くて・弱くて・イジワルで・やさしい」と言う。でも、イケちゃんだってそっくり。海岸でセンチになったり、かまってほしくて困らせたり、悪いことをけしかけたり、なぐさめたり、助けたり。そんな2人のミステリアスなかかわりがゆったりとした時間の中で描かれています。少年期から思春期にいたる男の子のせつなさ、いとおしさを叙情豊かに描いて....あ、いかん思い出したらやっぱり泣けてきた(笑)。
2009年5月12日の夜、中学3年生の娘にカミさんが「エプロン持って来て」と頼んだが返事がない。最近、機嫌が悪いときは、何を言っても返事もしない。仕方がないから、カミさんは自分でエプロンを取りに行った。そしたら、娘がぼろぼろと涙を流して『いけちゃんとぼく』を読んでいたという。私が買ってから約1週間、ふと読んだら本気で泣けてきたらしい。
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