自然観察

早春の王禅寺散歩

Springpark06 2009年1月25日(日)。今年の冬はずいぶん暖かい。新潟県の北のはずれにある実家に電話しても「1回も雪下ろしをしなかった」と言う。年寄りだけの世帯なので、ずいぶん助かったらしい。春の訪れも早いらしく、ぽかぽかの陽気に誘われて、近所の王禅寺とその近くの公園に散歩に出かけた。ジョウビタキのオスが、ヒッヒッカカカと飛び去った下の地面には、ジョウビタキのフンではなく、フキノトウが芽を出している。ああ、おいしそう! と採ってはいけない。

Springpark05 ここも「フキノトウ畑」なのだ。地目も「山林原野」でなく、「農地」になっているに違いない。フキノトウはかなり粗放でも作れるだろう。農家の方がフキノトウを収穫して売っている。無人販売所にお金を入れて、フキノトウを買う。その他にも、新鮮な野菜があったので、ついでに買う。都市農業は直売でかなり売れるのが強み。それにしても、フキノトウは今年初めて。今夜は天ぷらを作らないわけには行きません。フキノトウには「雄花」と「雌花」があり、花粉の無い雌花のフキノトウがおいしいというのが一般的な評価らしいですが、私は苦みの強いのが好き。少し開きかけているぐらいの雄花をほおばったときに、口に広がる苦さが良いです。

Springpark01 ふらふらと歩くうち、王禅寺の境内に入る。真っ赤な腰巻き(?)に包まれているのはどなたでしょう。左手に剣らしきものを持つ立像は、不動明王らしいのですが、写真を良く見ると、顔が1つで、手が4本あるようにも見えますね。良く観察してくれば良かった。さほど、仏像に詳しくないので、あまり気に掛けなかったのです。でも、赤い腰巻きをめくって、仏さまの素性を確かめるというのも、バチあたりな気がします(笑)。足下には、お賽銭が置いてありました。

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フキノトウ

今年はなかなかフキノトウが出てこないと、探してみたら2つだけ出ていました。去年までは、数個は食べられたのですが、今年は自家製のフキノトウは食べられないかもしれません。

Hukinotou

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梅の花

Ume01 近所でウメが満開になっていた。早咲きのウメが満開で、まだ咲きかけのものもある。春が近いようでほっとするが、今朝はまだまだ寒い、ウメも大変なことだ。

ところで、ふと考えた。今ごろ咲いているウメはどうやって受粉するのだろう? 

春や夏と違って、他に咲く花はほとんど無いから、虫がいれば受粉する確率はものすごく高いはずだ。その代わり、こんな寒い季節に活動する昆虫は少ないだろうし、雪や氷などで花が傷む可能性も低くない。ハイリスク・ハイリターンのサバイバル戦略なのだろうか。

厳冬期に羽化する昆虫というと、フユシャクガの仲間がいる。外敵の少ない冬に羽化し、夜中に活動する蛾の仲間。寒いのさえ我慢できれば、結構安穏と暮らしていけるのかもしれない。だが、彼らは成虫になったら食事をしない。幼虫時代に蓄えた栄養だけで厳寒の季節を1ヶ月も生きているらしい。だから、フユシャクがウメの訪花昆虫になることはない。

「梅にウグイス」という言葉がある。ことによると。ウグイスやメジロが花の蜜を吸いに来て、受粉を助けることもあるのかもしれない。ツバキの花を吸って、花粉をつけているメジロを見たことがあるから、ウメでもできるかもしれないが、無理かな。そう言えば、スズメがサクラの花を食べていたときは、花をむしって、蜜を吸っていた。これじゃ受粉は無理。

梅のように、冬に花をつけるヤツデを見ていると、暖かくなると小さな羽虫が飛び回っているのを見ることがある。案外、ウメも虫が来ているのかもしれない。ゆっくりウメの花の花見をする時間が欲しいものです。

Ume02

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コブシの花芽

今日は、久しぶりに暖かい。気のせいか、コブシの花芽がふくらんでいるような気がした。でも、ほんとうに気のせいで、12月ころからずっとこれぐらいの大きさだったような気もする。コブシの冬芽は、毛皮を着ているようで暖かそうだ。さわると、もこもこして気持ちが良い。

春が、まちどおしい。

Kobushime01 Kobushime02

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牛脂を食べるメジロ

近所のスーパーから、牛脂をもらってきました。肉は買わないで「脂だけください」と、言って(笑)。

ミカンのネットに入れて、庭につるしておいたら早速メジロがやって来ました。すごく食べにくそうです。

いつの間にかマンリョウの実が1個も無くなっています。先週までは、ほとんど食べられた形跡がなかったのですが、食べどきがあるのかもしれません。もともと、マンリョウを植えた覚えがなく、トリのフンから芽を出して伸びたものなので、トリに食べられたからと言って文句を言える筋合はありません。

Mejiro01 Mejiro03 Manryo

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福島潟でガンの飛び立ちを観る

2008年2月3日(日)朝6時30分、新潟市(旧豊栄市)にある福島潟でガンの飛び立ちを観に行きました。湖で夜を過ごしたオオヒシクイやマガンなどのガンが群れになって食べ物を求めて飛び立ちます。ガンの食料は、水草の茎や根。観察するのは、福島潟のほとりにある「雁晴舎(がんばれしゃ)」という観察小屋。「がんばれしゃ」とは、「がんばりなさい」という意味のこの辺りの言葉。うまいネーミングだと感心します。

朝の気温は氷点下。日が昇り、気温が少しずつ高くなるとガンが飛び立ちます。寒かったせいか「今日は飛び立ちの時間が遅い」ということです。待つこと1時間半。8時ころ、ガンたちが鳴き交わす声がひときわ高くなり、飛び立ちが始まりました。数百羽の群れが次々と編隊を組んで菜食場に移動します。私は数えたわけではないのですが、2~3千羽のガンがいるのだそうです。まさに壮観。双眼鏡を持つ手がかじかむのもかまわず見ほれてしまいました。

それから、今日は思いがけずシジュウカラガンを見ることができました。30羽もの群で見られるのはとても珍しいことです。その他に観察できた鳥の種類は下のとおりです。

カワウ、ダイサギ、アオサギ、シジュウカラガン、マガン、オオヒシクイ、コハクチョウ、マガモ、カルガモ、コガモ、ヨシガモ、ハシビロガモ、トビ、オジロワシ、ケアシノスリ、ノスリ、ハイイロチュウヒ、チュウヒ、ハヤブサ、キジ、オオバン、タゲリ、ユリカモメ、カワセミ、ハクセキレイ、モズ、ツグミ、ハシボソガラス、ハシブトガラス

先月、多摩川と不忍池にカモを見に行き、カモ類が激減していることに驚きましたが、この近所では、ガン、カモ、ハクチョウの仲間は特に減っていないとのこと。むしろ、コハクチョウの1家族の数が増えているのだそうです。コハクチョウの繁殖地は北極圏の近くです。温暖化によって、繁殖成功率が高まっているのではないか、と案内してくださった方から聞きました。いろいろなことが起こるものです。

Kata Gan04 Gan01_2

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消えたオナガガモ

湯島天神のすぐ隣に不忍池がある。昔はカモがたくさんいた。カモにエサをやる人が多かったので、カモが集まって来たのだ。人がエサを与えるとオナガガモが増えるという説があった。なぜか、給餌している所でオナガガモが多かったのだ。20年ぐらい前の不忍池のオナガガモの異常な密度は有名で、通るときはカモの頭を踏んづけないように気をつけなければならなかった。と、言うのは半分冗談だが、半分ぐらいほんとうだ。大きな網を持って行けば、カモ鍋の材料を調達できたかもしれない。それぐらいたくさんいた。

ところが最近はカモが激減しているという。特にオナガガモがいなくなった、と先日多摩川でバードウォッチヤーから聞いた。にわかに信じられなくて、湯島天神にお参りに行ったついでに立ち寄った。

ほんとうだった。ほんとうに、オナガガモは探さないと見つからない。他のカモモ決して多くはない。あれほどたくさんいたカモはどこに行ってしまったのだろう。「カモにエサを与えないでください」という旨の看板が何枚かあった。給餌する人がいなくなってカモが来なくなったのだろうか? そればかりが原因ではないような気がする。先日の多摩川といい、不忍池といい、何かわからないが、変わったことが起きているのかもしれない。

写真左:やっと見つけたオナガガモ。池全体で100羽は絶対にいそうにない。どこに行ってしまったのか?

写真中:ユリカモメ。東京都の鳥で、昔は「都鳥」とも呼ばれた。給餌すると、ユリカモメが増える。ちなみに、「イリエカモメ(入り江鴎)」が縮んで「ユリカモメ」になっと、との説を聞いたことがあるが、真偽はわからない。

写真右:「エサやり禁止」の看板

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「自然観察法」の授業を終えて

2007年10月から約半年間「自然観察法」の授業を担当しました。

私は、1985年から1992年まで、自然解説を仕事にしていました。横浜市と鎌倉市の境界。多摩丘陵の南端と三浦丘陵の接点にあたる所です。

そして、このたびは多摩市と町田市の境界。多摩丘陵の北端に近いところに変わりましたが、植物や動物は良く似ているので、楽にできるのではないかと甘く考えていました。ところが、実際にやってみると、なかなか思うように組み立てられません。当時は「社会教育」としての自然観察ですが、今度は「学校教育」。この違いは案外大きなものです。社会教育では、基本的に「興味・関心」の高い人しか来ません。学校ではそういうわけでもありません。まず、そこが違います。

また、自然についての知識が増えるだけで十分かと言うと違うような気がしました。この大学で伝えるべき「自然観察」とは何なのだろう、と自問する毎日でした。その答えがわかりかけたのは、後半になってから。学生さんの提案で、草木染めや落ち葉を焼いて焼き芋を作る実習を行ってからのことです。

自然観察法の授業を通じて「自然の価値を再認識し、自然と共生する意識・行動を引き出す」ことができれば良かったのだ、と気づかせてくれたのは受講した学生さんたちでした。そのためには、生活と自然との接点をできるだけたくさん作ることです。それも、知識だけでなく、体験を通じて、手業を使って。そんな授業ができれば、良かったのです。今度の4月から始まる学期に同じ授業を担当できるかどうか、まだわかりませんが、もしできるなら、できるだけたくさん生活と結びつく体験のできる授業を組み立てて行きたい、と強く思いました。

半年間の試行錯誤につきあってくださった学生のみなさん、どうもありがとうございました。

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言葉でスケッチ

今日は、大学の「自然観察法」の試験。野外での実地試験をするつもりでいたのですが、天気予報は「雪」。雪は降らなかったのですが、あまりにも寒いので野外はちょっと出ただけで、主に室内で「観察」をしました。

平塚博物館の学芸員だった浜口さんは、私が(勝手に)師と仰ぐ人の一人ですが、著作の中で「文章によるスケッチ」を勧めていらっしゃいます。それがあまりにもおもしろいので、試験で使わせていただきました。学生さん1人に1個ずつ、ある物を渡し、できるかぎり正確かつ詳細に文章で表現していただきます。試しに、私が書いた文章は、こんな具合です。下の記述で、何を手渡したかわかるでしょうか?

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形は、直径約5センチの球状の物体を上下に押しつぶした回転楕円体をしている。長径は短径と比べて1センチほど長い。頂上に枝についていたヘタがある。全体は一様にやや薄いだいだい色をしており、つやはなく、やや乾いた感じがする。細かな凹みに一面覆われおり、細いしわが幾筋か見られるのは、水分が抜けてしぼんでしまったためと思われる。表面は香りに乏しいが、外皮をむくと甘酸っぱいにおいが強く香る。皮の裏は白い繊維状のものに一面に覆われ、しっとりとしている。内部の果実は9つの半月の形の房に分かれ、膜のようなものに包まれている。膜の表面に白い繊維状の物質が被さっている。膜を取り除くと、果汁がしみ出し、さらに甘酸っぱい香りが強くなった。膜の中には細かな房状の粒々が無数に含まれている。果実を口にいれると、弱い甘みと強い酸味を感じた。

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まず、外観の大きさ、形、表皮の形状、色、におい、手触りを観て、それから、外の皮をむいて、同じように形状、色、におい、手触りを確かめ、さらに、その中の果実を観察し、食べてみる。ふだん何気なく食べているみかんを観察して、大まじめに言葉で表現するというのは、すごく新鮮な経験だと思うのですが、日常的に見慣れているはずのものでも、改めてじっくり観察すると、意外な事実に気が付くかもしれませんよね。

植物や動物の図鑑の解説文は無味乾燥なものと思っている方も多いと思いますが、結構人間味のにじみ出るような記述の図鑑も多いのです。例えば『牧野新日本植物図鑑』をぱらぱらとめくってみただけでも、「あぶらぎく(しまかんぎく・はまかんぎく)」の項目では、「本種は山地に多く、島地を好まない、したがって島寒菊の名は不適当である」と手厳しい。かと思うと「なつしろぎく」では「可愛らしい多年草である」とけっこう自分の好みを押しつけていたりしています。図鑑の中に、こういう人間味のこぼれでるような記述を見つけると、うれしくなってしまいます。牧野富太郎と言えば、植物学の神様のような人ですが、神様も「この植物名は変だ!」と怒ったり、「この花は可愛い」と図鑑でほめているのを見て、神様の中に人間味を感じるわけです。さらに見ていくと「うど」の記述では「若い苗は食用になり、かおりは良く、美味」とあるのですが「たらのき」では「山に住む人達は若い芽を採り、たら芽と呼んで食べる」という記述です。現代のスーパーの序列では「タラの芽>ウド」のような気がするのですが、牧野氏の時代、タラの芽を食べることは一般的でなかったのかもしれません。それとも、牧野氏がタラの芽があまり好きではなかったのか? ちょっと調べてみたくなります。

作者の気持ちのにじみ出る図鑑と言えば『山渓ハンディ図鑑9 日本のカエル+サンショウウオ類』写真:松橋利光 解説:奥山風太郎 を思い出します。写真は可愛いし、解説も最高。カエルへの愛情でいっぱい。例えば、ツチガエルの記述では「捕まえると皮ふから粘液をだし、これが臭いとよく言われるが、異臭と呼ぶほどではないと思う」とあります。「みんなが臭いって言うけど、そんなに臭くないよなあ」とぶつぶつつぶやきながら、ツチガエルをかいでいる筆者の顔が見える気がしませんか?

Kaeruzukan

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青山通りのクスノキ

■場所:東京都渋谷区
■日時:2008年1月15日 9:25

青山通りの例のマロニエ並木とケヤキ並木の間に、別の街路樹の並木があるのみ初めて気が付きました。樹種はよくわかりませんが、表皮の剥落の様子を見ると、モミジバスズカケ(プラタナス)かと思われます。ふだんは、全くと言って良いくらい気にしていなかったことを実感します。

さらに新しい発見がありました。の中に、1本だけ常緑樹があるのです。この道を歩くようになってずいぶん長いが、うかつにも気がつかなかったのはどうしたわけでしょう。

それにしても。落葉樹の街路樹の中に、ただ1本だけの常緑樹。気が付かなければそれまでなんだけれども、いったん気が付いてしまうと、やたらと気になります。どうして、こういう事態が起こってしまったのでしょう。植木屋さんが間違えた? プラタナスが足りなかったので、1本だけクスノキを植えたとか....まさかね。

Kusunoki1 Kusunoki2

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マロニエか? ケヤキか?

■日時:2008年1月11日 10:00
■場所:東京都渋谷区青山通り

青山学院大学、国連大学の前にはマロニエ並木があります。JR渋谷駅に下る宮益坂とJR表参道駅に下る表参道はケヤキ並木。ケヤキとケヤキにはさまれてマロニエ並木が立っています。

最近、マロニエ並木をケヤキ並木に変えるとの趣旨を伝える看板が立ちました。看板によれば、行政と住民の協働によって、青山通りの景観、美観を作る事業が進んでいるそうです。ケヤキ並木に変えるのも、住民との合意形成のもとで進んでいると、写真付きで知らせいます。(写真左)

マロニエの一本一本に、ケヤキに植え替えることを記したハリガミが張ってあります。数日後、別のハリガミが張られました。「マロニエを残して欲しい」という要望を書いた紙。署名はありません。(写真中)

詳しい事情はわかりませんが、この界隈では、マロニエ並木をケヤキ並木に変える計画が進んでおり、国交省と住民の対話と「合意形成」によって進められています。一方、マロニエが無くなることを是としない人もいるらしいのです。

青山通りはおしゃれでエキゾチックな雰囲気がウリだから、シャンゼリゼと同じマロニエ並木を残したい、と思ったのかもしれません。一方、ケヤキは日本の在来種で、新緑の鮮やかさ、樹形の美しさが際だち、宮益坂と表参道とをケヤキ並木で一体化させたら、さぞ景観も良くなるだろう、と思った人の気持ちもわかります。

私も国粋主義者(笑)ですから、セイヨウトチノキ(マロニエ)やアメリカヤマボウシ(ハナミズキ)などよりは、ケヤキやヤマボウシなどの在来の樹木を植えて欲しいとは思いますが、個人の好みや省庁の予算の都合ではなく、ほんとうの住民合意で決めるべき問題です。

並木は、まちの景観にとってたいせつな要素です。マロニエ並木をケヤキ並木に変える決定は、どのような人や組織が、どのような手順で決めるべきか、そんなことを考えると、難しいものです。

Aoyama02 Aoyama03 Aoyama04

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多摩川にカモを見に行く

昔は結構熱心なバードウォッチャーでした。最近は、望遠鏡を持って鳥を見に行くことなど滅多にないのですが、学生のころには多摩川にカモをよく見に行きました。

京王線・聖蹟桜ヶ丘とJR南武線・南多摩の間。車で行く人は、関戸橋と是政橋の間と言った方がわかりやすいかもしれません。30年ぐらい前は、東京近郊のカモのメッカと呼ばれていた...か、どうかはわかりませんが(笑)、ミコアイサが群れで見られる魅力的な場所でした。

今日の午後、水面に帯のように覆うカモを見たいと思い、久しぶりに思い出の場所に行ってみたのですが、1羽のカモも見られません。途方に暮れていたら、日本野鳥の会東京支部のグループに出会いました。相手がバードウォッチヤーとわかれば、気楽に話しかけられるのが良いところです。

聞けば、この数年、多摩川ではカモ類が激減しており、この付近でもカモを見ることがほとんどできなくなったとのこと。今日は、ヒドリガモ、ヨシガモ、オカヨシガモがいたそうですが、私は全く見ることができませんでした。オカヨシは好きなカモなので残念ですが、1羽しかいなかったそうなので仕方ないかも。

見られたのは、カワセミ1,オオタカ1、ダイサギ、ハシブトガラスくらいでしょうか。寂しいかぎりです。

どうして、カモがいなくなったのか原因はわからないそうです。洪水が増えて河川敷のあし原や、ヤナギの木などが流されて無くなったのが原因ではないかとか、繁殖地の環境が悪化したためではないか、あるいは餌付けをしているところに集中して、川に来なくなったのではないかなどなど想像はできるそうですが、ほんとうの理由はわからないとのこと。カモの他の鳥はこれほど激減しているものはないということなので、カモの世界に何かが起きているのかもしれません。

それにしても、残念でした。関戸橋の下流の写真には、1羽のカモも見えません。

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