読書日記

参加と協働のデザイン―NPO・行政・企業の役割を再考する

Sankakyodo ■書名 参加と協働のデザイン―NPO・行政・企業の役割を再考する
■編著 世古一穂
■発行 学芸出版社 (2009/10/8)
■価格 2,625円(税込み)

編著者である世古氏は、これまでに「市民参加」や「協働」をテーマとした著書を数多く執筆してきた。この本は、今までの知見をもとに、最新の課題・動向を加えてわかりやすくまとめた教科書として読みやすい書物となっている。そもそもNPOとは、そして協働とはいかにあるべきか?という根本的な問いかけに対する答えがわかりやすく書かれている。一読して「我が意を得たり」と膝を打つ人も少なくないはずだ。

帯に「NPOの下請化にNO!」とあることでわかるように、NPOや協働をめぐる現状に対する強い問題意識からこの本が生まれた。世古氏は金沢大学の教授であるが、日本のNPOの黎明期から最前線に立ち、道を切り開いて来た人である。根っからの活動家だからこそ、説得力のある理想像を描き、それに至る道筋も明確に示すことができるのだろう。同じことが共著者にも言える。現場を良く知る人たちが、法制度や社会の仕組みという視座から俯瞰してくれるので、非常に見通しの良い章がある。理想の協働の姿は高い峰のように私たちの前に立ちはだかっているが、理想像を見失わないために、そして一歩でも二歩でも前進を続けるために、道しるべとして、そして道具として必携の1冊である。

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農山村再生 「限界集落」問題を超えて (岩波ブックレット)

Nousanson ■題名 農山村再生 「限界集落」問題を超えて (岩波ブックレット)
■著者 小田切 徳美 
■発行 岩波書店 (2009/10/7)
■価格 480円+税

「限界集落」は好きになれない言葉だ。衰退した地域に降りかかる諸問題を強い表現で示すことで、課題を浮き彫りにした「効」がある。反面、あまりに身も蓋もなさ過ぎて、そう言われてしまったら立ち上がる気力も失せるだろう。その思いを、たったの63ページ、480円のブックレットで的確に書いてくれた研究者がいた。

第1章では、農山村の現状を「土地の空洞化」「むらの空洞化」そして「ほこりの空洞化」というキーワードを用いつつ、わかりやすいデータをもとに語る。そして第2章では、著者の豊富なフィールドワークから得られた農山村の再生事例に基づいて、説得力のあるコミュニティ再生のポイントが語られる。第3章は、いわゆる「限界集落」問題への対応策が提示される。著者は言う。「限界集落」は単純に高齢化率や世帯数だけで生まれるのではない、と。もっと自分の目と耳で現場に触れることが重要なのだ。「限界化」に取り組む鍵は「誇りの空洞化」を止めることにある、と著者は言う。「何をやってももうだめだ」と住民に諦観が生まれたときから限界化が進む。「諦めたら、そこで試合終了だよ」とどっかのオジサンも言っていた。地元学で有名な吉本哲朗氏は「頭の中にシャッターを閉ざすからシャッター商店街になる」と言った。その言葉を借りれば「頭の中に限界をこしらえたときから限界化が進む」のだろう。行政が、よそ者が、若者が、常に集落を見つめ手を携えて地域に入ることで限界化の防止につながる。

最後の「まとめ」に書かれた言葉もかみしめて読みたい。中山間地域のみならず、日本全国でコミュニティの衰退を促したのは小泉内閣の中で急激に進んだ「構造改革」であり「経済のグローバル化」である。恐ろしいと思ったのは「内発的発展」の概念すら地域に対する政治の無頓着を正当化するロジックとして使われた、との指摘だ。地域を越えて国レベルでの地域再生のグランドデザインが問われている。我々には、地域を変える力と同様に政治を変える力も重要だ。

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いけちゃんとぼく

Ikechan_2●いけちゃんとぼく
●角川書店(2006年発行)1,155円

私にとって2つの意味で「恥ずかしい」本である。いいトシをしたオジサンが読んで、泣けてきたことがまず恥ずかしい。涙ボロボロとは行きませんでしたけど、じわっとくる。とは言え、学齢前の子どもが、理解できるとしたら相当なおマセさんだろう、とは思う。

もう一つの理由は、ちょっとフクザツだ。売れっ子の作品を買うのは恥ずかしいという気分ってありませんか? まして、「絶対泣ける本第1位」に選ばれたとかいうカタガキのついた本を買うのは、ほんとうに恥ずかしい。

『はれた日は学校を休んで』、『ゆんぼくん』が出た当時は、サイバラという漫画家を知る人が少なかったので「サイバラってスゴイんだぜ」と威張って言えた。「知らないだろう」というちょっとした優越感があったりして。

ところが、メジャーになると、なんとなく買いにくくなる。昔からのファンとしては、彼女の才能が世に認められたことは、素直にうれしい。うれしいのだけれど、世間でブレイクしている本を買うと「ふうん。お前もサイバラを読むんだ」と言われそうな気がしてちょっと恥ずかしい。「オレは昔からのファンなんだよ」と、ちょっと言いたくなるけど、そんなことを言うのも言い訳みたいでカッコ良くないと思う。要するに、自意識過剰なんです。

お化けみたいなイケちゃんは、ボクのことを「強くて・弱くて・イジワルで・やさしい」と言う。でも、イケちゃんだってそっくり。海岸でセンチになったり、かまってほしくて困らせたり、悪いことをけしかけたり、なぐさめたり、助けたり。そんな2人のミステリアスなかかわりがゆったりとした時間の中で描かれています。少年期から思春期にいたる男の子のせつなさ、いとおしさを叙情豊かに描いて....あ、いかん思い出したらやっぱり泣けてきた(笑)。

Sdscn0466 2009年5月12日の夜、中学3年生の娘にカミさんが「エプロン持って来て」と頼んだが返事がない。最近、機嫌が悪いときは、何を言っても返事もしない。仕方がないから、カミさんは自分でエプロンを取りに行った。そしたら、娘がぼろぼろと涙を流して『いけちゃんとぼく』を読んでいたという。私が買ってから約1週間、ふと読んだら本気で泣けてきたらしい。

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『反貧困 いま、「反撃」のとき!』

Book4

●反貧困 いま、「反撃」のとき!
●東京ボランティア・市民活動センター編・発行(2009年3月)
●A5判 56ページ 600円(税込)

東京ボランティア・市民活動センターの情報誌『ネットワーク』の対談記事はときどきびっくりするような人が出てくる。

湯浅誠×雨宮処凛の対談は、2008年1・2月号~5・6月号の3回にわたって掲載された。格差社会、ワーキングプア問題などのオピニオンリーダー的存在だった2人の対談が興味深かった。

それから1年、事態は劇的に悪化。2008年に顕在化したアメリカ発の金融破綻が引き起こした不況によって、一夜にして収入と住所を失う派遣労働者が激増した。湯浅氏は、12月暮れ、日比谷公園に「年越し派遣村」と称する救援拠点を設置し、寝食の場を提供していた。

このタイミングで、1年前の対談をブックレットとして発行した東ボラの先見の明は凄いと思う。『ネットワーク』誌に3回掲載された対談に、2人が前書きを添え、巻末に関連資料を掲載している。前書きで雨宮が「1年前はまだ牧歌的だった」と述懐し、状況の悪化を指弾している。

他の人の犠牲の上にしか「繁栄」を築くことのできない社会を変えなければならないのだが、その出口はどこにあるのだろう。一つの回答が「ボランタリズムを興すことだ」と東ボラは主張している。

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水俣再生への道 ~谷川健一講演録~

Minamatasaisei ■水俣学ブックレット1『水俣再生への道 ~谷川健一講演録~』谷川健一著,熊本日々新聞,2006年5月発行,762円+税

熊本学園大学が「水俣学研究センター」を開設し、最初に発刊した本です。水俣市出身の民俗学者、谷川健一氏の講演録と、水俣学研究センター長、原田正純氏の対談という2部構成の本書は、センターが歩む方向を示す意図をもつものでしょう。谷川氏のお話とセンターのコンセプトが完全に一致しているとは思いませんが「共有できる何か」があることは間違いないと思います。

水俣は水俣病によって<世界性(普遍性)>を獲得したが<地方性(個別性)>を得ることができないでいる、という指摘がカギです。私には、はっきりとした言葉で表現する能力はありませんが、谷川氏の発言から見える、外から来た水俣病支援者への冷たい視線、あるいは社会学者に対する「憤り」考え合わせると、水俣病によって「近代の病」と言うべき普遍的な課題を示すことはできたが、水俣にあった近代化以前の人々の暮らし、人と自然の関わりについては、極めておおざっぱにしか把握しきれておらず、近代の先を見通す視野を得ていない、ということなのかもしれません。

民俗学者であり「水俣の先住民」であることを強く意識する谷川氏は、よりきめ細やかに支援者が「学者」とか「所属組織」のカミシモを脱いで、一人の人間として、患者さん、住民と向き合うことからしか水俣の問題を越える道は無い、と説きます。大学で、社会学を学んだ私としては、社会学のどこへでも越境できる可能性を信じたい気分はありますが、谷川氏の批判を正面から受けた上で、自分には何ができるのか、考えてみたい、と思いました。

それにしても、表紙の写真は美しいと思います。

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ラダック 懐かしい未来

Radak ■書名:ラダック 懐かしい未来(Ancient Futures Learning From Ladakh)

■『懐かしい未来』翻訳委員会 訳
■山と渓谷社(2003年7月初版・2006年5月第3刷) 1,600円+税

ヒマラヤ山脈の西端部にラダックがあります。1975年、この地に調査に入ったヘレナ・ノーバーグ・ホッジの膨大なフィールドワークが結実したのがこの本です。

全体は3部に分かれています。ラダックの伝統的な生活を手放しで礼賛しているわけではありませんが、ここで活写される人々の生き生きとした暮らし、そしてそれが壊れていく様子、どの章を読んでも心動かされるものがあります。

第1部 伝統:近代化以前の暮らしが生き生きと描かれています。夏は暑く、冬は厳しい寒さ、沙漠の中の小さなオアシスのような場所で、人々は生活を楽しみ、ゆったりとした時間が流れています。現金収入はほとんどありませんが、外部との交易で入手しなければならない物資は少なく、互いに助け合うことで労働力を補います。ヘレナは、お金はなくても、つつましやかで豊かなラダックの人々の暮らしを活写しています。

第2部 変化:1980年代以降、急激に起こった観光が貨幣経済を持ち込みます。ヘレナは、近代化によって壊されていく伝統的な生活を冷静に、しかし、深い悲しみをもって描きます。それは、単なるノスタルジーではありません。生活の質の劣化と貧困。豊かなグローバル化した経済に「開発」の負の側面がとてもリアルに描かれているのです。現場にいて、変化を見続けた者だけが語りうる力をもった言葉が並びます。

第3部 ラダックに学ぶ:ヘレナは、西欧型「開発」の限界と問題点を明らかにし、もっと違う開発が必要である、と説きます。その土地の自然と調和し、世界中の誰をも不幸にしない開発の仕方を求めなければなりません。私たちは、ラダックの人々の伝統的な暮らし、そして「近代化」がもたらした、生活と自然の破壊を学ぶことができます。

本書が出版されたのが1991年、日本語版が出るまでに11年かかっていますが、本文を読めば、その理由が良くわかります。これほどまでに丁寧な訳文を書き起こすための苦労はいかばかりだったでしょう。日本語としてこなれよく、しかも現地の事情を熟知していなければ書くことのできない訳注が読解を助けてくれます。美しいカラー写真や本文中のモノクロ写真も、ラダックへの関心をかきたてる力を持った良書です。

裏表紙の写真もきれいなので、ご覧ください。

Radakura

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食育菜園

■『食育菜園 エディブル・スクールヤード マーティン・ルーサー・キング・Jr中学校の挑戦』センター・フォー・エコリテラシー著,家の光協会,2006年6月発行

Saien 1994年、カリフォルニア州バークレー市立のマーティン・ルーサー・キング・Jr中学校は「荒れた」学校でした。壁は落書きだらけ、芝生は焼けこげています。生徒数1,000人の都市型マンモス校であることに加えて、校内では22カ国の言語が話される複雑な人種構成。少しでも経済に余裕のある親は、私立中学校に通わせていました。

惨状を目にして、心を痛めたのがアリス・シェーパーズ。カリフォルニアで有名な有機栽培のレストランのオーナーです。校長とかけあい、校庭に有機栽培の野菜畑を作り、子どもたちが野菜を育て、料理して食べることで、子どもたちが学ぶことを楽しみ、学校に愛着を持てるようにできると説きました。この本は、1999年までのサクセスストーリーです。

簡単な道のりではありません。畑を作るには、校庭を覆っているアスファルトをはがすことから始めなければなりませんでした。授業時間を45分から90分に変えること、理科はもちろん、数学や歴史、美術に国語の時間までもが「畑づくり」と結びつけられたのです。地域のボランティア活動も重要な要素でした。どうして、こんなことができたのか、信じられない思いがしますが、この本を読むと、その秘密が見えてきます。

写真が多用されていて、実際の活動がすごくよくわかります。カラー写真も16ページ。カリキュラム、プログラム、施設や設備などの解説も懇切です。これで1900円+税はとても安いと思います。

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わたし8歳、カカオ畑で働きつづけて

Ace 『わたし8歳、カカオ畑で働きつづけて。 児童労働者とよばれる2億1800万人の子どもたち』児童労働を考えるNGO=ACE(エース)著,合同出版,2007年11月発行,1300円+税

世界では、5歳から17歳までの子どもの7人に1人が児童労働をしています。児童労働は、家の手伝いやアルバイトとは全く違います。学校に通うことも、遊ぶことも許されず、サッカーボールを縫い続ける5歳の子、8歳で売春婦にされた子、気温40度の中で1日トマトの収穫をする10歳の子。過酷な奴隷のような労働を強制されている子どもたちがたくさんいるのです。特に、カカオやバナナなど換金作物を作る農園に多いと言われます。換金作物は、国際市場の中で安く買いたたかれ、価格変動も大きいので、農民の収入は増えず、労働条件が低いままにされてしまうのです。先進国に住む私たちが、安くコーヒーやチョコレートを食べるために、教育を受けることも、遊ぶこともできずに衰弱していく子どもたちがたくさんいます。私たちは、そうした「子どもたちの命と人生を食べている」のです。

ACEは、そのような問題をなくすために働くNGOです。たくさんの人に現状を知らせ、思いを共有する人をつなぐこと、政府や企業に対策をとるよう働きかけること、そして、私たち一人ひとりが何らかの行動を起こす手伝いをしています。

具体的にどうすれば良いのでしょうか? まず、この本を買うことです。この本には、児童労働の問題と解決への道筋が書いてあります。そして、何よりも、この本の売り上げの一部が、ACEの活動資金として使われるのです。

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『地元学・地域学の現在 -多様な個性的展開の可能性を見る』

Nousonundo ■『農村文化運動』No.185号
■テーマ:地元学・地域学の現在 -多様な個性的展開の可能性の探る
■発行:農文協 2007年7月
■値段:600円(本体571円)

2008年になって読破した最初の本。と、言っても全部で90ページのブックレットです。でも、中身はものすごく濃いのです。結城登美雄氏、吉本哲郎氏、広瀬隆人氏、沢畑亨氏、大島順子氏、などなど.この分野では一度は話を聞いてみたい人が名を連ねています。

全体は4章に分かれ、1.地元学の現在 2.生涯学習と地元学・地域学 3.子どもの教育・学習と地元学・地域学 4.地域づくりと地元学・地域学 それぞれに2~4人の実践者・研究者が数ページずつ現在の様子を概説しています。写真も多用して、視覚的にも理解できるよう工夫されています。地元学・地域学に関心のある人は一読の価値あり。

地元学・地域学は何か? いろいろな答え方があります。だから、わかりにくい、と言う人がいます。でも、多様であること、そのこと自体に魅力があるのだということがよく分かりました。単に、地元の人とヨソ者がまち歩きをして面白いものを見つけたり、住民にインタビューをして地図を作ることが「地元学」だと思われているフシもありますが、この本は、もっと多様な姿を見せてくれます。食に関する宮城県の2つの事例はとても面白く読みました。さらに、廣瀬氏は地域を広くつなげることの意義を説き、大島氏は、より深く持続可能な社会づくりに向かう可能性・必然性を示してくださいました。「山形学」という広域の地元学に取り組む阿部康子氏の報告は、私のごとき未熟者には文章が難解に過ぎますが、なるほど、こういうカタチもありなのか、と思いました。

改めて思ったのは、地元学は「バラバラになった地域住民をつなぎ、行政に丸投げした自治を住民の手に取り戻すこと」と言い切った結城氏の言葉。多くの事例が収斂していくのではないか、と思います。

欲を言えば、「今だから言える」苦労話や難儀した経験も書いて欲しかったとは思います。短い原稿量で入りきらなかったのかもしれませんが、どの実践も、決して平坦な道ではなかったはずだ。困難を乗り越えて、今の姿があるのでしょう。でも、良い本です。

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2007(H19)亥の年 読書の記録

2007年に読んだ本10冊 (再読を含む)

2007年1月~12月に読んだ本の中から、ぱっと思いついた本を順不同で紹介します。上野顕太郎の『夜千』の第2弾の発行は今年の快挙。

熱心に読んだのは『ポスト・デモクラシー』でしょうか。とにかく、現代の格差社会の状況を良く説明しているように思いました。

  1. 『ポスト・デモクラシー』コリン・クラウチ著、2007.03青灯社発行
  2. 『鯨と原子炉』ラングドン・ウィナー著、2000.02紀伊國屋書店発行
  3. 『びじゅある講談 おもろい町人(まちんちゅ)』延藤安弘著、2006.4太郎次郎社エディタス発行
  4. 『星降る夜は千の眼を持つ (BEAM COMIX) 』上野顕太郎著、2007.10エンターブレイン発行
  5. 『犬も歩けば赤岡町―日本で二番目に小さな町』赤岡町まちのホメ残し隊、2001.11発行
  6. 『いのちの食べかた (よりみちパン!セ)』森 達也 著、2004.12理論社発行
  7. 『鹿男あをによし』万城目学著、2007.4幻冬舎発行
  8. 『カラフル』森絵都著、1998.7理論社発行
  9. 『ワークショップ―住民主体のまちづくりへの方法論』木下勇著、2007.1学芸出版発行
  10. 『チッソは私であった』緒方正人著、2001.10葦書房発行

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