音楽と映画

(続)ソウル・フラワー・ユニオンとの出会い

前の書き込みで、バンドの名前を間違えていると、指摘のコメントをいただいた。たいへんに申し訳ありませんでした。すぐに記事タイトルを修正しました。

あらためて、ソウル・フラワー・ユニオンは良いですね。ノリノリのロックなのに、アイルランド風のサウンドに沖縄風の間の手が見事に融合していたりするわけで、今までに聴いたことのないまか不思議な味わいを出しています。沖縄サウンドや社会的メッセージ性では、喜納昌吉やネーネーズとも共通するのですが、他の土着音楽とのまぜこぜの度合いは、SFUが一枚上手とみました。沖縄出身でなく、大阪という猥雑で陽気で、活気のある街で生まれ、育ったことと関係があるのかなあ、などと思いました。

ぼくに「音楽性」を云々する能力は全然ないのだけれど、聴いていて、気もちにグサグサとつきささってくるリズム、メロディ、そして歌詞。たとえば、『ロンドン・デリー』は、ごきげんなのに、歌詞は毒がたっぷり。大英帝国によるアイルランドの支配とか抑圧の歴史を知りたくなります。

東ボラの情報誌『ネットワーク』で、辛淑玉はSFUを評して「日本の演歌はダメだが、もし生き残る演歌があるとすればSFUだ」と述べたことがあると知りました。

「演歌」はもともと、歌で政治的思想をわかりやすく表現する手段だったわけで「演説」と同じようなものだったらしい。川上音二郎の『オッペケペー節』が有名ですね。笑い、涙、怒りなど、庶民の気分をアジりながら楽しませてくれる歌、それが「演歌」のもともとの意味。だと、すればSFUの歌はホンマモンの演歌でしょう。私も納得でした。

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ソウル・フラワー・ユニオンとの出会い

Sfu 東京ボランティア・市民活動センター(TVAC)発行のボランティア・市民活動情報誌『ネットワーク』2009年3・4月号に、辛淑玉×中川敬対談という記事があった。うかつにも、中川敬氏を知らなかったため「何でロックミュージシャンがボランティア情報誌に出るのかな?」と疑問に思った。でも、辛氏がべた褒めするぐらいだから、相当な人物に違いないと、早速CDを1枚購入。最新版でなく、『WINDS FAIRGROUND』を選んだのは、試聴で最初の曲が気に入ったため。

曲に土着の味わいがある。アイリッシュであったり、沖縄であったりする。歌詞にも、マイノリティへの強い思いれが感じられる。You Tubeで検索すると、阪神淡路大震災の1ヶ月後に、被災地で歌ったときの思い出を語った映像が見つかった。いろいろ探しているうちに、いろんなところに出かけて行っては歌を歌い、そこにいる人達を元気づけていることもわかってきた。正統派の社会派ロックの継承者ということになるだろう。何よりも、徹底した現場主義がすごい。東京ボランティア・市民活動センターの情報誌に載るだけのことはある、と納得。

『ネットワーク』誌では、両者の対談が連載されるらしい。次回は「怒りの方法」がテーマとか。一段とヒートアップしたお話に期待!

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「温故」が目立った横濱ジャズプロムナード2008

010_9a横濱ジャズプロムナード2008のテーマは「温故知新」だそうだ。
今年は、10月11日(土)~12日(日)の2日間の開催で、私は12日に行って来ました。
最初のステージは、峰厚介カルテット。峰はずいぶん昔、フュージョン系で実にカッコ良いサックスを吹いていたときの印象が強烈だったが、今回はオーソドックスに決めてくれました。
次のステージは、ブルーコーツ。ビッグバンドの老舗ですが、茶目っ気たっぷりのサービスで会場を沸かせていました。
2つのステージに共通するのは、聴衆にお年を召した方が多かったこと。ステージに立つ人も、今回は高齢化が進んでいるように見えたので、当然かもしれませんが、元気な高齢者に圧倒されてきました。なるほど「温故知新」か.....とうなずきながら会場を出ましたが、「知新」はどこにあるのだろうか?と疑問。

街角で、大学生たちが頑張っていました。首都圏の学生ジャズバンドのジャムセッションなどもあり、確かに「知新」だ、と納得しましたが「温故」の方が圧倒的に目立った今年の横濱ジャズプロでした。

帰りがけに、ビールレストラン「驛(うまや)の食卓」(桜木町駅近く)でおいしい地ビールをいただいて、おなかも満足。

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『崖の上のポニョ』 宮崎駿監督最新作を観て

ポニョの父親は人間、母親は海の女神の設定からびっくり。その両親から人魚が生まれるって、どうなってるんでしょうね(笑)。

父親は、人間の世界を嫌って、海の中で生きることにした人物。海の生命を活性化する秘薬を作っているらしいが、人間によって傷ついた海と海の生き物を救うためと理解しましたが、違うかな?

ところが、ポニョは、変な化学物質満載のカップラーメンやハムがやたらと気に入って、人間の世界に住みたいと駄々をこねる。もちろん、父親は簡単に許しそうにない。ポニョを海に連れ戻そうとするが、人間のボーイフレンドのもとへ逃避行。2人の愛が実って、ハッピーエンド。

たわいの無い話で、拍子抜けしたというのが率直な感想。

確かに「敵対するより、大きな心で愛し合おう」というメッセージが底にあることはわかる。「自然とか、環境とか、そうカリカリしなさんな」と言いたげなポニョの天真爛漫な行動もわからないではない。しかし、宮崎監督は、私のような旧型の「環境派」に対する当てつけをしてるんだろか? 私は、ポニョの父親がかわいそうでならない(笑)。

前作『ハウルの動く城』で、臆病者の魔法使いハウルが愛する者のために闘うというナショナリズム丸出しの「成長」を遂げてびっくりさせたかと思うと、最後はソフィーの愛=もっと大きな、敵も味方も全て包み込んでしまうような包容力で救われるという話であった。

その前の『千と千尋』でも、ハクが人間に復讐するために魔女の弟子にるのを救ったのも千尋の「愛」でした。『千尋』以降の宮崎作品のメインテーマは「闘いよりも愛を! Love and Peace!」かもしれません。それはそれで、重要なメッセージなのですが、私がイヤ~な気分になるのは、『千尋』と『ポニョ』で、闘っているのは、自然破壊をされて憤っている川の神様とかディープエコロジスト的な人物だったりするわけです。彼らが愛の力で闘いを止めるというストーリーは、とうてい容認できません(笑)。

しかし、一番不満なのは、見終わった後の爽快感が無い。『トトロ』や『ラピュタ』が世代を超えたエンターテイメントとなっているのは、「脱文明」や「自然礼賛」のメッセージがあるからではありません。『紅の豚』で文明批評の要素は極薄だし、『カリオストロ』ではさらに薄い。でも、これらの作品では、説明的要素と娯楽要素に切れ目と過不足が無くストーリーにきっちりおさまっている気がする。絵も合っていた。

ところが、最近の2作は、そういったバランスを欠いている気がする。分不相応に偉そうなことを書いてしまった。申し訳ない。

NHKの番組で宮崎監督が『ポニョ』を作っているドキュメンタリーを流していた。ストーリーを生み出せずに苦悩する監督。この番組は、録画して後に観たのだが、痛々しい気分になって途中で観るのを止めてしまった。これまた、巨匠には失礼な発言だった。申し訳ない。

★ポニョと宗介が乗った船は、子どものころ良く遊んだおもちゃなので、とっても懐かしかった。こういう、緻密な細部の構成は、いつもながらほんとうに見事ですね。

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映画『いのちの食べかた』;わびさび的見方

2007年12月、渋谷で映画『いのちの食べかた』を観て、優れた句集のようだと思った。理由をいくつか書いてみよう。わびさび的『いのちの食べかた』の見方、というわけだ。

  1. ストーリーが無い。短い映像が連なってできている
    全体を通じて「食べ物の生産現場を観る」という統一したテーマはあるものの、ストーリーらしいものは無く、ただひたすらに、食料生産の現場を映しだした短い映像が次々と移り変わる。17音の短い詩を連ねた句集の作りとよく似た構造だと思った。
  2. 極限までそぎ落とされた表現
    すべてがドキュメンタリーでできているが、解説のナレーションは一切無い。そればかりか、インタビューも、字幕も、音楽さえも無い。極限まで表現を切りつめた映像が俳句を思わせるのだ。
  3. 想像力が必要だ
    極限までそぎ落とされた映像表現から、何を感じ、何を読み取るかは観客にゆだねられている。制作者はほとんど自己主張をしていないように見えるから、どんな読み方もできる。一つひとつのシーンから、生産の方法や登場人物の感情・暮らし、あるいは、自分たちが日常食べている食料の作り方など、ほんとうにいろいろなことを読み解くカギが隠されている。表現されたものの裏側に潜むものを読み解くおもしろさも俳句と共通している。
  4. ユーモアとペーソス
    俳句は、思わずにやりとするユーモアとしみじみと感じ入る哀愁のあるものがおもしろい。この映画の中にも、そのようなシーンをいくつも観ることができる。現場の人は大まじめだし、笑わせようとしているわけでは絶対にないのだが、オリーブを収穫するための特殊な機械や、ニワトリを吸い込む巨大な電気掃除機のようなメカには思わず笑ってしまうし、監視し、監視されながらホワイトアスパラを収穫する人たちの姿は寒々しさと悲しさを感じる。
  5. 美しい映像
    短歌は叙情に、俳句は叙景に優れると言うが、この映画はまさに叙景詩だろう。計算し尽くされたカメラアングル、そして風景の切り取り方が抜群にうまい。一つひとつの映像が美しいから、ついつい引き込まれてしまう。ドキュメンタリーが抽象絵画に変わる奇跡を観た気がする。映画監督でもある森達也氏はこの映画を評して「メタファー(暗喩)に満ちている」とほめている。ちなみに、森氏は『いのちの食べかた(よりみちパン!セ)』理論社という本を書いた人。映画の邦題は、日本にこの映画を紹介した人が、本を読み、使わせて欲しいと頼んだのだそうだ。そういえば、映画全体のそこにあるブキミな感じはベルギー象徴派の絵画のようでもある。

Inochi

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久々に聴いたメッセージフォーク

2008年最初に聴いたライブは、1月25日に、世田谷と水俣の交流会のトリをつとめる柏木敏治氏。ふだんは、熊本県水俣市で活動する「フォレスト・モンキー・バンド」のリーダーだという。ギター1本、ときどきハーモニカを自分で吹きながらの弾き語りは、60~70年代に流行ったフォークソングのスタイル。

初めて聴いたが、なんだかとても懐かしい。水俣病の患者さんの詩や手紙にメロディをつけての弾き語り。水俣病被害者の思いや心情を歌に託して届けている。今はほぼ死語となった「メッセージフォーク」あるいは「プロテストソング」の正統な後継者の歌だと思った。柏木さんは私よりもちょっと年上だが、ほぼ同世代なので、感覚はぴったりと来るのかもしれない。

歌は不思議だ。水俣病被害者の言葉を、文章で読んだり、朗読を聴いたとしたら、辛くて切なくてやりきれなくて、いたたまれなくなってしまうかもしれないが、メロディにのせると心地よく耳から入ってくる。

プロテストソングと言えば、昔の岡林信康を思い出す。差別・貧困・人権などの問題に目覚めるきっかけは、彼の歌だと言っても良いくらいだ。今夜も、胎児性水俣病患者、加賀田清子さんの手紙に曲をつけた歌、坂本しのぶさんのために作った歌などを聴いて、30以上年前にタイムスリップしたような感覚を味わった。

同じように水俣病被害に遭いながら、新潟と熊本のメッセージの伝え方の違いも感じた。柏木さんの歌は、水俣病を正面から見つめ、告発する力を持つ。一方、新潟水俣病の被害者、渡辺参治さんの歌を聴いても水俣病のことは何一つわからない。渡辺さんやその支援者の方々とお会いして、あるいは、聞き語りの本を読んで初めて、水俣病とのつながりがわかる。「冥土のみやげ企画」を主宰する旗野さんは自らの活動スタイルを「変化球」と表現する。外角ボール球と思っていると、いきなりストライクゾーンに食い込んでくる。柏木さんの歌は、直球でしかも剛速球、ど真ん中のストライクをとりにくる感じだ。どちらが良い・悪いということではない。その土地の歴史や社会、あるいは関わる人が積み重なって、異なるメッセージのスタイルを生み出したのだ、と今は少しわかって来た。水俣病は奥が深い。

柏木さんのCDが水俣市にある愛林館(あいりんかん)が作ったらしいが、売り切れとのこと。残念でした。

Kasiwagi01

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映画『かもめ食堂』は北欧のわびさび

Kamome フィンランドに食堂を作ったサチエさん。和食レストランじゃなくて「食堂」。メインディッシュはおにぎり。設定がいきなり「わびさび」。フィンランド人ならわかってもらえると思ったというが、客が全く来ない。それでも、メニューやコンセプトを変えない。サチエさんは気丈だけれど、ちょっと頑な。

そこにふらりと舞い込むミドリさんとマサコさん。何か辛い過去を背負っていそうな二人。知っている人がいない所ならどこでも良かったミドリさんは、最初、サチエさん以外の人と近づこうとしない。マサコさんは、病弱な両親を看取ってフィンランドに来た。エアギター選手権に興ずる人が住む国にあこがれた、フィンランドではただ、ぼけっとしていたいというから結構「わびさび」だが、わら人形で呪いをかけた過去もありそうで、ちょっと怖い。

少し変わった2人の日本人女性が加わることで、かもめ食堂にお客さんが増え始める。特に何かが変わったわけじゃない。サチエさんは、おにぎり・和食へのこだわりをちょっと変えて、シナモンロールを焼いてみた。酔っぱらいのおばさんに優しくしてあげたなど、ほんとうに小さなエピソードが積み重なって、客が入るようになる。

それだけの映画。ドラマチックな盛り上がりがあるわけではない。カメラワークも淡々としていて、ときどきドキュメンタリーなのかと錯覚するぐらいだ。マサコさんのキノコとか、わら人形などオカルトっぽい場面がアクセントになっている。それらのシーンが入ったことで「面白い」と思えるのだが、全体のドキュメンタリータッチの進行から観ると浮いている感じがないでもない。原作ではどう描かれているのか気になる。群洋子の原作も一度読んでみたい。近所の図書館に問い合わせたら「貸し出し中」とのこと。早速予約。

それにしても、何なんでしょうね。この3人の「関係」は。従業員でも、ボランティアでも無い。では「友人」なのだろうか? ちょっと違うような気がする。食堂を手伝っているにもかかわらず、風のようにいつかどこかに去ってしまうことが前提となる、すごく淡い関係。ミドリさんは、ちょっと物足りないと感じたが、サチエさんは「人は変わってしまうもの」と諦観。ただ、拘束力の弱い関係だからこそ、ミドリさんが安心してサチエさんの食堂を手伝うようになったのだろうし、マサコさんも気兼ねなく仲間になれたのかもしれない、とも思う。「愛」とか「情」などの熱い関係はもう古いのかな。つかず離れずの人間関係が、この映画に「わびさび」の雰囲気を添えている。

茶の湯を大成した千利休は「一期一会」を大事にしたというが、考えてみれば、この3人の関係にも一脈通じるかもしれない。違うかもしれない。

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渡辺参治『歌は百薬の長』

Watanabe 2007年に聴いたCD、ライブで忘れられないのは何と言っても渡辺参治さん。

新潟水俣病の関係で、2007年には3回新潟を訪ねました。新潟は出身地なのですが、仕事で新潟に行く機会は滅多にありません。今の仕事に就いてからは、シンポジウムとかワークショップをやりに行ったのが2回くらいでしょうか。

2月に、新潟水俣病被害者の支援活動をしている方々にお会いしました。その中に安田町(現阿賀野市)の旗野さんがいました。全く面識が無かったのですが「冥土のみやげ企画」というユニークな支援活動にうたれました。冥土のみやげ企画の詳しいことは、項を改めて書きたいと思います。

これまでに作った「冥土のみやげ」の一つが、水俣病被害者の一人渡辺参治さんの米寿のお祝いのCD。渡辺さんは歌が大好きで、生活が苦しいときも、病が辛いときでも歌っていれば元気になるのだそうです。冥土のみやげツアーと称して、声がかかえればどこにでも唄を歌いに行くというからすごい人ですね。

米寿の祝いに、得意の民謡を収録したCDを作ったというのがこれ。1枚2000円、相思社などで通信販売もしています。ジャケットがカッコイイでしょう。やライナーノーツも凝っているんです。

今では、私にとってこのCDが最大の「癒し」。しゃれたジャズとか、静かな室内楽ではしっくりこないくらいに心が疲れたときに、渡辺さんの民謡が沁みるのです。ただし、今の歌声は「癒し系」ですが、若い頃に歌った録音も収められていて、そちらはまるでジャズの即興演奏のような趣があります。

2007年5月、新潟水俣病の追悼集会で初めて渡辺さんのライブを聴きました。思っていたよりもずっと小柄で、驚きました。どうしてあんなに良い声が出るのか不思議です。機会があれば、またライブを見に行きたい歌手の一人です。

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2007(H19)亥の年に観た映画

2007年1月~12月に観た映画(DVDを含む)の中から印象深く残っているものを順不同で紹介します。

  1. 『ダーウィンの悪夢』(映画):グローバル経済の陰の部分をこれでもかと見せる。非常に憂鬱な映画。同じ時期に『不都合な真実』もやってたのですが、こちらは観ていません。
  2. 『いのちの食べ方』(映画):同名の本が理論社から出ている。映画は、このタイトルを借りたものという。現代の食料を考えさせてくれる。映像の美しさが魅力。若いカップルが大勢見に来ていた。
  3. 『阿賀に生きる』(DVD):佐藤真監督が亡くなりました。合掌。新潟水俣病とそれをとりまく阿賀の地域に住む人の日常をとらえたすばらしい作品でした。
  4. 『イヨマンテ 熊おくり』(DVD):民族映像文化研究所の姫田忠義氏のレクチャーつきの映写会を開催しました。森羅万象に神の宿る世界観を共有。感動です。
  5. 『アマルールー 大地の人 バスク』(DVD):これも同じく民映研の姫田さんのレクチャーつきの映写会。羊を飼いチーズを絞る人の暮らしぶりに、どっしりとした生活の根っこのようなものを観た気がします。
  6. 『からむしと麻』(DVD):民映研の姫田さんをお招きした3回シリーズの3回目。奥会津に伝わるからむし織りは驚きの連続でした。神奈川県大和市の久田(くでん)地区で開催しましたが、地元の人と姫田さんのやりとりを聞いていて、優れた民俗学者である姫田さんを再認識。
  7. 『天空の草原のナンサ』(DVD):モンゴルの草原に遊牧をして暮らす家族をドキュメンタリー風に仕上げた作品。ドキュメンタリーではないのだけれど、遊牧民の「今」を活写した名作。
  8. 『憑神(つきがみ)』(DVD):死神に取り憑かれた幕末の徳川慶喜の影武者。いわば二重の極限状況の中で彼が選び取ったのは、忠義な幕臣として死ぬこと。何を言いたかったのか? 今一つわからん映画でした。
  9. 『それでもボクはやってない』(DVD):2007年は無実の罪をきせられた人が救済された事件が注目された。司法というものがいかにえん罪を生みやすいものか考えさせられた。観た後は非常に腹が立った。
  10. 『ダ・ヴィンチコード』(DVD):いまいちピンと来なかったのは、キリスト教の文化へのなじみが少なかったためか? 本を読んでから観ればだいぶ違ったと思う。

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2007(H19)亥の年 音楽の思い出

2007年1月~12月に聴いたコンサート、買ったCDなどの中で思い出に残るものを順不同で紹介します。

  1. カルメン・マキ(ライブ):横濱ジャズ・プロムナードで聴いた。相変わらずカッコイイ。
  2. ガブリエル・リプキン(ライブ):浜離宮ホールで聴いた。こんなチェロを弾く人がいるのか!
  3. 向井滋春(ライブ):横濱ジャズ・プロムナードで聴いた。昨年とほぼ同じ構成。でもいい。
  4. 名古屋フィル(ライブ):娘の通う中学校にフルオーケストラが出前。何はともあれ、生のオケは良いです。
  5. 明治大学Wind Orchestra(ライブ):娘の通う大学の友人が出演するというので聴きに行く。大学生の若々しい演奏。
  6. 恵泉女学園大学クリスマスチャリティコンサート(ライブ):ハンドベルの生演奏は初めての体験。パイプオルガンも良かった。
  7. 麻生音楽祭(ライブ):中1の娘が吹奏楽部に入部。6月にドラムでデビュー。その後アルトサックスに挑戦中。楽譜の読み方に苦労しています。
  8. 『カルメン・マキ&Oz 1st』、『カルメン・マキ&Oz 3rd』:横浜で彼女のライブを聴いて、30年前にヘビメタを歌っていた頃のCDを買ってしまった。
  9. 『カインド・オブ・ブルー』マイルス・デイビス(CD):職場にインターンで来ている学生さんに勧められて聴いた。しびれる・泣かせる。
  10. 『無伴奏チェロ組曲』ガブリエル・リプキン(CD):知人から借りました。彼のバッハは他の誰のものとも似ていません。

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Jazzを歌うカルメン・マキ

Maki 10月の第2週の日曜は、横浜ジャズプロムナードに行くのが恒例になっている。2007年は、向井滋春withストリングスとカルメン・マキのステージを楽しみにしていた。向井は昨年とほぼ同じ顔ぶれと選曲ながら、ドラムスが強力になっていたのが面白かった。

そして、待望のカルメン・マキ。30年前はバリバリのヘビメタを歌っていた。Ozというバンドの3枚のアルバムは日本のロックの最高峰だと思う。最近、全然聴かないなぁ、と思っていたら、いつのまにかジャズシンガーになっていたんですね。

板橋文夫(p)と太田恵資(vln)とのトリオという形でした。ピアノとバイオリンがフリージャズ風にガンガンと鳴らしまくる幕開け。いったい、どうなるんだろうといやが上にも高まる緊張。すっとカルメン・マキがイスから立ち上がる。会場の空気が変わった。ピアノとバイオリンの喧噪とも言える音の氾濫を制して、静かな、けれども威圧感たっぷりの迫力で彼女の歌声が響く。

それから、何が起こったのか、どんな音楽が奏でられていたのか、全く覚えていない。ただ「ああ、かっこよかった」という思い出だけが残った。自由自在に暴れ回るピアノ。ときには、怒ったように立ち上がり、鍵盤をこぶしで殴りつけている。陶酔の世界に入ってしまったのかバイオリン。歌わせたかと思うと、金切り声を上げている。そんな楽器と真っ向から向かい合い、歌で応えていくカルメン・マキ。歌手と伴奏者の関係では絶対にない。「アンサンブル」という言葉も似つかわしくない。3人のコラボレーションが最後まで、聴衆に緊張を求め、喝采を引き出した。幸せな夜だった。

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ガブリエル・リプキン(チェロ)のコンサート

Lipkin ガブリエル・リプキンが弾くバッハの無伴奏チェロ組曲を聴き、あまりの独創的な演奏に驚いた。そのリプキンが2007年に来日。東京でもコンサートを行ったので、中1の娘と聴きに行った

■日時:2007年6月1日(金)19:00~
■場所:浜離宮朝日ホール
・ドビュッシー:チェロ・ソナタ
・ブラームス:チェロ・ソナタ第1番ホ短調 作品38
・スクリャービン/リプキン編:ロマンス
・リゲティ:無伴奏チェロ・ソナタ
・フランク:ソナタ イ長調 (transc. For cello by G.Lipkind)

確かな技術、独特の完成に裏付けられた深い音楽性。今までのチェロ奏者の誰とも似ていないと思った。アンコールは3回だったか、その後もカーテンコールの拍手がいつまでもいつまでも鳴りやまなかった。

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明治大学Wind Orchestra第3回定期演奏会

12月23日、娘の友だちがトランペットを吹いている吹奏楽団の定期演奏会を聴きに行きました。場所は、川崎市麻生区の市民館ホール。新百合ヶ丘駅から徒歩3分。わが家からはバスで約20分。

創設4年目の若い楽団ですが、部員が60人の大所帯。迫力のある演奏が楽しめました。3部構成で、1部:クラッシック、2部:ジャズとロック、3部:交響組曲「GR」。好みもあるでしょうが、1部が一番好きでした。2部の最後はディープ・パープルのメドレー、私のようなオジサンには泣かせる選曲でしたが、やや迫力不足の印象。次回は、ブラスロックのシカゴをリクエストしたいものです。アンコールでは、指揮者がサンタの衣装に、楽団員はトナカイの角を模したかぶりものをしての演奏。演出も凝っていましたね。

昨日も大学生が主に演奏するコンサートでした。図らずも、年末に2日連続で学生さんの演奏会を聴くことができて、あわただしい年の瀬に、楽しい時間が持てました。みなさんありがとうございました。

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恵泉女学園大学のチャリティ・コンサート

Ck 12月22日、恵泉女学園大学のチャペルで開かれたチャリティ・コンサートに行って来ました。聖歌隊の合唱、ハンドベル、パイプオルガンの演奏、女性の独唱などを楽しんで来ました。

ハンドベルの本格的なライブは始めてでしたが、なかなか良いものですね。それから、今まで歌曲はあまり聴かなかったのですが、ちょっと感動しました。小さなチャペルですが、音が良く通ってすてきです。機会があれば、また行ってみたいと思いました。

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